羊たちの沈黙III

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

原作より

  • ムウと老師は知り合い
  • 射手座の聖衣が加工を施されていた
  • ムウと老師が青銅を陰ながら援助
  • 先にペガサス座聖衣は貴鬼が運び、紫龍は棺桶に入れられて後からムウに運ばれた
  • 富士山麓から星矢たちをテレポートで助け、しばらく様子を見ていた
  • 12宮の戦い後、ムウだけ女神に自己紹介してない。実は知己?

等々

を反映させたつもりです。

書き始めてみたら、どんどん腹黒なお方になっていってしまった……。こんなはずでは……。

ムウ様って、シャカにはタメ口なのに、アルデバランとアイオリアにはタメに丁寧語が混じってたんですね(原作)。何か距離を感じます。

目次

本編

青銅たちは白銀との戦い後、紫龍は中国、氷河はシベリアへ帰って行った。

星矢はグラード財団の療養所で治療を受けていた。星矢の傍らには射手座の黄金聖衣がある。射手座の黄金聖衣を護るのは星矢の傍が最適であろうということで置かれた。射手座生まれの星矢が最も射手座の聖衣との親和性も高いということもある。

瞬はもうしばらく日本に滞在した後、兄の一輝を探しに旅立つつもりらしい。

療養所にいる星矢の下へ、獅子座のアイオリアが派遣されてきた気配がした。

いよいよ黄金が派遣されてきたか。聖域側もかなり焦ってきたと見える。ムウは直ちに駆け付け、気配を消して透視を駆使して物陰から様子をじっと見守った。

アイオリアと星矢のやり取りにじっと耳を澄ます。

そばに白銀の女聖闘士が一人倒れていた。そして、星矢は真の姿を現した射手座の聖衣をまとっていた。暗黒聖闘士と戦っていた時にみた形とは異なる真の射手座の聖衣の姿。

(あの聖衣の形は……。ついに本来の聖衣の姿に戻ったか)

ムウは射手座の聖衣を偽物に見せかけるために加工した。その際、射手座の聖衣をまとう資格があるものが現れた時、元の姿に戻るような仕掛けをしておいた。

射手座の聖衣は星矢の小宇宙に反応し、星矢を射手座の後継者と認めている可能性が高い。しかしまだそれは仮の状態で聖衣を貸し出している状態にすぎないようだ。星矢がセブンセンシズに常時目覚めている状態になれば、射手座の聖衣は星矢を間違いなく後継者と認めるだろう。

星矢とアイオリアが相対しているところに、女神がやってきた。非常にまずい状態である。ここでムウが割って入りアイオリアと戦うことになれば、双方消滅か千日戦争となってしまう。しかしもし本当に女神に危機が及ぶことになれば、千日戦争覚悟でムウは女神を護るために割って入るつもりだ。

女神に真実を聞かされたアイオリアは激しく動揺し、そして混乱のあまりライトニングボルトを放った。アイオリアの拳が星矢と女神に襲いかかる。ムウは二人をテレポートさせようと身構えた。

光速拳が星矢に当たる瞬間、ムウの心配をよそに射手座の聖衣に宿るアイオロスの意志が働いた。アイオロスの残留思念が星矢と女神を護り、アイオリアを叱責したのだ。

ムウは、待っていた時がいよいよ動き始めたのを感じた。アイオリアは沙織を女神と認め、怪我をしたシャイナを抱えて聖域へ帰って行った。女神は、女神としての宿命と覚悟を星矢に語って聞かせた。

女神は、たった一人でも聖域に乗り込む覚悟でいると。誰も付いてこなくても構わないと。星矢は複雑な感情を抱えたまま、その日は療養所に戻ったようだった。

女神は、城戸邸へと帰って行った。

城戸邸へ

ムウはいろいろと確認したいと思い、城戸邸にいる女神に会いに行った。

「お久しぶりでございます、沙織お嬢様、いえ、女神よ。ジャミールのムウにございます。先ほど一人でも聖域に乗り込むとおっしゃっておりましたが……」

「ええ、誰もついてこないようであれば、致し方ありません。ですが、本当は星矢たちにも来てもらいたいのです。それに、教皇にお会いするためにはどうすればよいのか、実のところ……、よく分からないのです。私は一体どうすれば良いのでしょう?私は逃げも隠れもするつもりはありません。正々堂々と教皇と対峙したいのです」

ムウは少しの間考え、間をおいてから計画を話し始めた。

「聖域の教皇はこちらの存在に気付いています。じっとしていても、おそらく刺客を送り続けられるだけです。アイオリアに続き、他の黄金聖闘士も送り出すようになるに違いありません。そうですね、正式な書状をお書きになってはいかがでしょうか。いっそのこと、こちらから出向いて行くと」

「正式な書状?」

「はい。戦うつもりはなく、お会いしてお話をしたいという内容の書状です。書状を教皇へ受け渡すためのルートは私にお任せください。きっと書状を読んだ教皇は、刺客を送り出すことをやめ、少なくとも我ら黄金聖闘士全員に招集をかけ、防戦体制に入ることかと思います。そしてあなた様を迎え撃とうとするはずです」

「迎え撃つ?やはり戦うことになってしまうのでしょうか」

戦いは避けられないのかと思うと、沙織は悲しい顔をした。

「できれば私も戦うことは避けたいと思います。それゆえ、書状をお書きになってはどうかと申しました。もし戦うようなことになってしまっても、必要最小限で抑えられるように。ですが、万が一のことも考えられます。そのためにも、お供に星矢達青銅聖闘士達を連れていくべきです」

「皆さん、私が女神だと知って、去って行ってしまいました。私が女神なのが気に入らないようです。来てもらえるのでしょうか」

沙織は不安そうな顔をする。

「ええ、きっと来ます。彼らの戦いぶりを見て、そう確信しております。それに……、氷河の師、水瓶座のカミュカミュは弟子想いであり、且つ模範的で誇り高い聖闘士です。彼は氷河に対し何らかの行動を起こし、氷河を決戦の場に引きずり出すに違いありません。星矢に関しては、きっとあなたを護るために戻ってきます。これまでに見てきた星矢の戦いから、星矢については私はそう確信しています。瞬は戦いの場に出れば兄の一輝が見つかるのではないかと考えていますから、やはり来るでしょう。紫龍の師匠は前聖戦を生き抜いた天秤座の童虎ですから、心配しつつも聖域に向かわせるに違いありません」

「そうですか。あなたにそう言っていただけて、何だか少し安心しました。私は……、今もうしばらく星矢たちを信じて待ってみます。それでも期日までに来なければ、私は一人で聖域に乗り込みます。地上の正義のために、覚悟はできています」

「分かりました。あなたが聖域に向かう時、時を合わせて私は牡羊座の聖闘士として聖域に赴きます。私の守護宮である白羊宮にて、あなた様をお待ちしております。星矢たち青銅聖闘士たちが期待通り聖域に来るのであれば、私は彼らを導き、指導致します。あなた様の行動により、これまでの聖域の闇が明るみになり、聖域を覆う邪悪は一掃されるはずです。聖域は、あなた様の帰還を待ち望んでおります

「ありがとう。あなたがいてくださって、本当に心強いです。聖域に向かうのは今すぐではありませんが、準備が整い次第向かいます。その時はよろしくお願いいたします」

翌日、いよいよ聖域に乗り込む日を女神から聞き、書状を受け取ったムウは、然るべきルートで教皇に手紙を送った。

デスマスクとの対峙

今度は五老峰に黄金の小宇宙が向かっているのを感じた。老師はまだ動けぬ。いくら前聖戦の生き残りであり、屈指の実力を持っていても、今は戦うことは出来ぬ。老師が動けぬ理由を知っている者は少ないのだ。私が、動かなければ……。

「フッ、このわしにまで刺客を差し向けるとは、教皇も余程焦ってきたとみえる」

「老師、あなたに対して拳を向けることは恐れ多いが、これも勅命……。お命頂戴する」

老師に襲い掛かるデスマスクに、紫龍が割って入り止める。デスマスクは教皇に騙されているのではなく、悪だと知りながら仕えているようだ。少なくともデスマスクが偽教皇側であることははっきりした。

紫龍が老師を護りたい一心で小宇宙を高める。紫龍が高めた小宇宙に対し、デスマスクは本気になってしまったようだ。いくら小宇宙を高めたところで、本気の黄金に青銅の紫龍が勝てる見込みは……、現時点では無いに等しい。

老師は焦るが、前聖戦終了時に女神からメソペタメソスを受けた身体のままでは、青銅相手ならともかく黄金相手に戦うことは出来ぬ。

ムウは黄金聖衣を纏い、五老峰に向かった。

「待ちなさい、デスマスク。青銅聖闘士を相手に黄金のあなたが本気になるなど、大人気ないじゃないですか」

「ホッ、友、遠方より来るか……」

「牡羊座のムウ、な…なぜおまえがこの五老峰に……」

「もちろん、決戦の時が来たということだ。聖域の教皇と、日本におられる女神とのな。さあ、どうするデスマスクよ。戦いの幕をおまえと私の一戦で開けるか?」

ムウの牽制は功を奏し、デスマスクは黄金二人も相手に出来ないと言って、去って行った。教皇はデスマスクからの報告を受けるだろう。今まで曖昧なままにしていたムウの立場を、はっきりと反聖域側として報告するだろう。

ムウはもう逃げも隠れもしない。女神と、真の女神の聖闘士であろう青銅聖闘士たちと共に、聖域に乗り込む覚悟が出来ている。

「ムウよ、お蔭で紫龍が殺されずにすんだわい」

「とりあえず、今日はご報告に参りました」

「うむ、お主が黄金聖衣を纏っているところをみると、先ほどの話は本当らしいのう」

ついでに、聖域との戦いに乗り気でない紫龍を、ムウ自ら遠回しにけしかけてみる。「はい、女神もこの十三年間で見事に成長され、教皇との戦いを決意された由。しかもたったお一人で聖域に乗り込まれるとか」

傍で話を聞いていた紫龍の心が動揺しているのが分かる。

つい先ほどまで女神を守る気など全くなく、この地で農作業をして静かに暮らすつもりでいたのだ。今しがた黄金の力を見せつけられたばかりである。

そのような巨大な力を持つ黄金が待ち受ける地に、女神とはいえ少女がたった一人で乗り込むのである。

ムウや老師のように、女神側の黄金ばかりとは限らない。多くは教皇側だろう。騙されている者もいるだろうが、デスマスクのように自らの意思で教皇についている者もいるようだ。

紫龍は男としてのプライドと、女神の聖闘士としての血が騒ぎ始めたことに気づく。

「老師、私は……」

「行く気になったか…、紫龍よ」

ムウの思惑通り、紫龍は女神と共に聖域に乗り込むことを決意したようである。

聖域へ

ムウはジャミールに再び戻り、聖域に行く準備を整える。

話し合いが出来ずに戦うことになってしまう可能性が十分に考えられる。恐らく戦いが始まるだろう。ムウはそう予感している。そうなってしまった場合、ムウが彼ら青銅聖闘士たちにできることの一つは聖衣の修復。

恐らく彼らの聖衣は白銀聖闘士たちとに戦いでボロボロだろう。ムウは聖衣修復に必要な材料と道具をぬかりなく準備する。

女神と青銅聖闘士たちが移動を始めた。ムウはギリギリのタイミングで聖域入りするつもりだ。

聖域ににとってムウは反逆者である。早く着いたところで良いことは何もない。黄金聖闘士たちや雑兵たちが持ち場に付き、離れられなくなったころを見計らい、十二宮の手前までテレポートするのが得策だ。

時は来た。女神との約束の日、ムウは女神と青銅たちが聖域に到着する少し前に、弟子の貴鬼と共に聖域に飛んだ。

(しまった!!十分想定していたことではあったが、これで青銅と黄金の戦いは避けられなくなった。だが……、計画通り足掻いてみせよう……。教皇の正体を暴き、女神を助けるために!!)

女神は聖域に着くなり、矢座の黄金の矢に倒れた。黄金の矢は女神神殿にある楯を用いなければ消えぬ。何人たりともこの矢を抜くことは出来ぬのだ。

女神が倒れたことにより取り乱した青銅たちが十二宮への石段を駆け上がってきた。女神との約束通り、ムウは彼らが少しでも勝利できるよう導きをする。

要は小宇宙です

「みんな、ここに聖衣を出しなさい」

ムウの予想通り、青銅たちの聖衣は暗黒聖闘士と白銀聖闘士との戦いにより傷つき、破損状態にあった。ムウはジャミールから持ってきた聖衣の修復道具と材料を取出し、修復を始めた。

時間はない。

精神を集中させ、出来る限り速やかに修復を行わなければならない。ペガサスに至っては、失ったマスクの創作も必要だ。戦う相手は黄金。黄金の強さは黄金である自分自身が良く分かっている。修復に手抜きは許されない。聖衣の強度も上げる。

1時間が経過し、火時計の白羊宮の火が消える頃、修復を完了した。

この間に、青銅たちは焦る気持ちを落ち着かせ、平静を取り戻すことが出来たようだ。今なら、ムウの話を聞き入れることは容易いだろう。

黄金に勝つために必要なのは小宇宙だ。黄金以上の小宇宙を爆発させればよいのだ。

「聖闘士の優劣は何も纏っている聖衣で決まるものではないのですから……。要は……、小宇宙です。黄金聖闘士が強大無比なのは、小宇宙の真髄を極めているからなのです。究極の小宇宙の正体とは……、セブンセンシズなのです!!」

小宇宙の正体とは、「セブンセンシズ」。その言葉を意識するだけで、戦いの中でセブンセンシズに目覚めやすくなる。言葉の持つ不思議な魔力に、ムウは期待する。彼らならきっと、セブンセンシズに目覚めてくれるはず。

青銅たちは次の金牛宮へと向かった。アルデバランは手加減をして戦っているようだが、それでも青銅と黄金の間には力の差が有りすぎる。星矢の小宇宙が、今まで見てきたとおり、戦いの中で倒されるたびに成長してきているのを感じる。

星矢はムウに教えてもらったセブンセンシズと言う言葉を強く意識し、目覚めようと努力しているようだ。

戦いの中でついに星矢がセブンセンシズに目覚め始め、小宇宙が爆発。アルデバランの小宇宙を超え、黄金の角をついにへし折った。

アルデバランは素直に負けを認め、青銅たちを通した。

アルデバランは青銅たちと本気で戦う気は元々なく、何となく力試しをしているだけのようだった。

偽教皇側であれば、自分の地位を脅かす女神側に対し、本気で挑んでくるはずである。アルデバランは本当の意味で偽教皇側ではない。教皇に疑いを持っており、戦いの中で確認をしているようだった。

ムウは戦いを終えたアルデバランに青銅との戦いの感想を聞きに、金牛宮へと登った。

「アルデバラン、お久しぶりですね。あなたが本気で彼をつぶす気になったら、今頃ここは血の海のはず。何故星矢たちに道を譲ったのです?」

「俺自身、分からなくなってきたのだ。星矢たちが本当なのか、教皇が本当なのか……。近辺の貧しい人々に神のように崇められているあの教皇に限って……」

「それをはっきりさせるためにも、星矢たちの戦いは無駄ではないのです」

「しかし次の双児宮はいかに彼らでも抜けることは不可能だぞ、ムウよ」

「双児宮……。あそこは確か守護人が不在だったはず」

「しかし俺は小宇宙を感じる。双子座の聖闘士は確実に双児宮に来ている

アルデバランの言った通り、双児宮から巨大な小宇宙を感じた。アイオロスと並び称されていた、行方不明だったはずの双子座の聖闘士が確実にいる。13年前の謎の一つが解けた。これはまだ……、予感に過ぎないが……。教皇の正体は……。

教皇の正体は

青銅たちは数々の奇跡を起こし、何とか教皇の間まで辿り着いた。

黄金のうち教皇の悪事を知ったうえで加担していた者は倒され、教皇に不信感を抱きながら戦った者はカミュを除き生き残った。シャカは……、死んではいないようだが時空のかなたに消えていた。

しかし彼ならきっとそのうちひょっこりと帰ってくることだろう。

「ムウ、牡羊座のムウよ」

「私の小宇宙に直接話しかけるその声は……、乙女座のシャカか……?」

「そうだムウよ。君にちょっと助けてもらいたいのだ。実は時空の間のねじまがった面倒な所へ落ちてしまってね。私一人なら良いが、もう一人助けたい男がいるのだ。頼む、話は後でする」

ムウはシャカの意図を感じとり、シャカと共に一輝を時空の狭間から処女宮に戻した。シャカは…、心配していないこともなかったが、人に助けを求めに来るとは彼にしては珍しいこともあるものだ。

シャカは生まれて初めて迷いが生じたと言って、一輝を教皇との戦いに送り出した。

「ムウ、君は知っているのか?もちろん、星矢たちが必死に戦っている教皇の正体だ。君や老師は陰ながら援助してきた。それは教皇の正体を見抜いていたからではないのか……、どうなのだ、ムウよ」

「ならばシャカよ、今こそ言おう……、教皇の正体を……!!」

13年間……、ずっと誰にも打ち明けられずにいた真実を、ようやく打ち明ける時が来た。やっと……、この時が来た。13年間待ち続けた時が……。

今ここに残っている黄金の仲間たちは、偽教皇に騙されていただけ。もう、ムウを悩ますものは何もない。皆、女神の聖闘士なのだ。

「今の教皇は真の教皇ではない。いつの間にか別の人間が入れ替わってしまっているのだ。」

ムウは偽教皇の正体について、自分の知っていることと推測を語り始めた。仲間たちは驚く。

「で…では、真の教皇はいったいどうしたのだ⁈」

「殺したのよ、このサガが‼︎」

ついに偽教皇が正体を満天下に曝け出した。

何ということだろうか。やはり師は…、あの日殺されていたのか‼︎

ムウの中に深い悲しみと怒りがふつふつと込み上げてきた。

だが、双子座のサガは神のような男と言われていたのに、なぜ?今星矢たちが戦っているサガという男は、我々が幼い頃に見たサガとはまるで別人。邪悪の化身の様な様相を呈している。これは一体どういうことなのだ!?

ムウは星矢たちに加勢しようとしたアイオリアを引き止め、この戦いの意義を解く。ムウとて本当は加勢して、サガを倒したいのだ。師の仇を討ちたいのだ。だが、それが許されないのだ。今は女神を信じて、星矢たちの勝利を信じて待つことしか出来ないのだ。

許されていることは、ただじっと……、耐えることだけ。

火時計の最後の火が消えるその瞬間まで、決して諦めてはいけない。まだ、女神の命の炎は消えていない……

もし万が一、星矢達が負けるようなことがあれば、その時は純粋に師の仇を撃つために十二宮を登る心算だ。その時はもう、相打ちになっても構わない。そうならないことを祈りつつ、戦いの行く末をムウはじっと見守った。

火時計の最後の火が消える瞬間、星矢は女神の楯をかざした。楯から放たれた光がサガを貫き、女神の胸に刺さっていた黄金の矢が消失した。

女神は復活したのだ。

女神の復活

聖域が女神復活の歓喜に沸く。黄金の仲間たちが次々と十二宮を降りてきた。皆、内心は複雑な想いを抱えている。だが今は、女神の勝利に晴れやかな顔をしている。

アイオリアは、

「もう、誰も疑いようのない、真の女神であることがこれで証明された。これで兄さんの疑いも晴れた。今日から俺は、胸を張って生きていけるんだ。逆賊の弟なんかじゃない、俺は命を賭して女神を守った英雄の弟なんだ」

と言って微笑んだ。

「女神が13年ぶりに聖域に帰還された。そして……、君も……」

「シャカ、すまぬな。ずっと……、理由を言えなくて。君にすら、黙っていることしか出来なくて」

「挨拶に行こう。女神様がお待ちかねだ。いろいろ話したいこともあるだろうが、13年間の苦労話は、この後いくらでも出来る」

「ああ」

ミロの声掛けに一同同意し、女神の下へと十二宮最後の石段を降りた。

「女神…、我ら黄金聖闘士も残った数僅かになってしまいましたが、あなたを真の女神として迎えることに一同全て同意致しました。これより後は、女神よ、あなたの下で地上の正義と平和を守るために戦います‼︎」

黄金聖闘士から雑兵に至るまで、女神に跪き、ここに忠誠を誓う。女神はそれを見て微笑んだ。しかし次の瞬間、何かを思い出したように走りだした。この戦いで傷つき倒れている星矢たち青銅聖闘士たちのことを……。女神は十二宮を駆け上がった。

「お、お嬢様!どちらへ……」

執事の辰巳が追いかけようとしたのを、ムウは引き留めた。

「行かせてさし上げて下さい。彼女は今、普通の少女に戻ったのです。彼女にはこの先、女神として想像を絶する戦いが待っています。今だけ、普通の少女にさせてあげて下さい。辰巳さん、この先の十二宮は私に任せてください。私が責任を持って彼女を追いかけ、護衛いたします」

十二宮へ

「わ、分かった。よろしく頼む」

ムウは走った。ムウは女神を追いかけながら、各宮での死闘の爪跡を目の当たりにした。

金牛宮には星矢の流血跡。

巨蟹宮は蟹座の聖衣だけが残っていた。

宮の主は肉体ごと冥界に落ちていったので遺体はない。獅子宮には雑兵が一人倒れており、アイオリアのマントが被せられていた。

氷河が戦った天蠍宮にはまだ冷気が残っており、涼しかった。

磨羯宮はシュラの聖剣による傷跡が至る所に残り、山羊座の聖衣を来た紫龍が倒れていた。シュラは紫龍に山羊座の聖衣を着せて助け、自らは宇宙の塵となったようで遺体はない。そして紫龍に脱ぎ捨てられた損傷した龍座の聖衣が側に鎮座していた。

宝瓶宮は重度の凍傷により氷河が倒れていたが生きていた。その傍らにその師であるカミュが凍死していた。凍気がまだ強く残り、冷凍庫のようだ。

双魚宮では、薔薇の花に埋もれたアフロディーテが死んでおり、出血多量で瀕死の瞬が倒れていた。

女神とムウはまだ息のある者に対して応急処置を行っていった。

そこから教皇の間へと続く石段にある魔宮薔薇は、星矢の流星拳により蹴散らされていた。その傍らに女聖闘士が2人座り込んでいた。ムウは見覚えのある顔に、声をかけた。急いでいたので会話をする時間がほとんどなかったのだが、魔鈴から真の教皇の遺体がスターヒルにあるらしいことをちらっと聞いた。

この先の教皇宮に、全ての答えが待っているはず。事の真相をこの目でしかと確かめたい。

サガの苦悩

教皇宮まで来ると、満身創痍で瀕死の星矢が倒れていた。

そして、幼い頃に見た優しい表情をした善人顔のサガが、今まで自分が犯してしまった罪の重さに打ち震えていた。女神に今までの行いを詫びるつもりで待っていた。

サガは、女神の前で罪を悔い、自ら胸を突き自害した。

「こんなことで私の罪が許されるとは思っておりません。で…でも、このサガ、本当は正義のために生きたかったのです……。どうか、それだけは信じてください……」

「信じます。本当のあなたは正義だったということを……」

「あ…ありが…とう…」

サガは息絶えた。

善人の顔と悪人の顔。そのどちらもがサガ。つまりは……、

「サガは解離性同一性障害、俗にいう二重人格者だったのですね。結局、今度の戦いで誰よりも苦しんでいたのはサガだったのかもしれない。善と悪のはざまで……」

解離性障害の患者は、周囲を振り回すので周囲の者も苦しむが、その実本人が一番苦しんでいることは事実である。今回の件は、サガが一番思い悩み苦しんでいるに違いなかった。

本当は納得などできているはずもないのだが、女神の御前であるこの場では、自分自身を強引にでもそう納得させざるを得なかった。

こうしてムウの13年に及ぶ孤独な戦いが、最後はサガの自害と言う形で幕を閉じた。13年という月日に生じた自分の心と仲間の心の溝を整理しながら、埋めなければならない……。これから始まるであろう神々との戦いのために……。

ムウはまだ心の整理がつかない。

自分自身と女神が聖域に帰ってきた喜び、サガへの怒り、師を失った哀しみ。あらゆる感情が己に渦巻いていた。

今はまだ、どんな顔をすればいいのか、自分でも分からない。様々な感情の嵐が収まるまで……。

たぶん周りからは、感情のない無表情のやつだと思われているに違いない。だがこれも、きっと時が解決してくれることだろう。

この戦いは、この時代の、新たなる聖戦の始まりの予兆に過ぎないのだ。

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