エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。
黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)
原作より
- ムウと老師は知り合い
- 射手座の聖衣が加工を施されていた
- ムウと老師が青銅を陰ながら援助
- 先にペガサス座聖衣は貴鬼が運び、紫龍は棺桶に入れられて後からムウに運ばれた
- 富士山麓から星矢たちをテレポートで助け、しばらく様子を見ていた
- 12宮の戦い後、ムウだけ女神に自己紹介してない。実は知己?
等々
を反映させたつもりです。
書き始めてみたら、どんどん腹黒なお方になっていってしまった……。こんなはずでは……。
ムウ様って、シャカにはタメ口なのに、アルデバランとアイオリアにはタメに丁寧語が混じってたんですね(原作)。何か距離を感じます。
https://zodiac-knights-fan.club/novel/rebellion-of-saga/silence-1/ https://zodiac-knights-fan.club/novel/rebellion-of-saga/silence-3/本編
あれから13年の月日が流れた。
ここジャミールにおいて、ムウは弟子の貴鬼に修復の理論を教え、聖闘士の修行をつけるだけの比較的平穏な日々が続けていた。
ある日、五老峰の老師からテレパシー通信が入った。
「ムウよ、元気にしとるか。わしじゃ、五老峰の童虎じゃ」
「老師、お久しぶりでございます」
「わしの弟子に龍座の紫龍がいるのは知っておろう。そやつが今お主の所に向かっておるから、よろしく頼むぞ」
「私の所に向かっているとは、何用でしょうか」
「お主の所に向うと言ったら、用件は決まっておるじゃろうが」
「そうですね」
「だが、わしの頼みだからという理由で修復しなくても良いぞ。お主がその目で紫龍を試し、お主のお眼鏡に適うようだったら修復してやってくれ」
「私が試す?老師の弟子とはいえ、命の保証まで出来ませんが、それでもよろしいのでしょうか。尤も、私の所へはまず聖衣の墓場を通ってもらわねばなりませぬが」
「構わぬ。死んだらそれまでの男よ。それしきのことで死んだのならば、女神の聖闘士とは言えまい。聖戦を控えた女神の聖闘士の宿命を負っていれば、これ位の試練など試練とは言えまい。簡単に乗り越えられるじゃろうて」
「確かに」
「師匠じゃ甘やかしてしまうこともあるからのう。まだまだヒヨッコじゃが、頼んだぞ。一応聖衣の墓場を通るための忠告だけは与えておいた。あとはあいつ次第だ」
「分かりました。メンテナンスはともかく、本格的な聖衣修復は私自身久し振りなのですが、いつ来てもいいように準備はしておきます」
テレパシー通信を切った。
紫龍の訪れ
それから3日経った頃、聖衣の墓場に何者かが侵入して来た気配がした。老師の弟子の紫龍だろうか。気配を消して、聖衣の墓場での様子を見てみることにした。
聖衣の墓場などと言っているが、これはムウが張った結界の一種に過ぎない。全ての者を拒絶するわけではなく、聖衣を修復し、再び聖衣を纏う資格かある者かどうかを試している。聖域からの刺客を防ぐ役割も持つ。ここを無事に通過することが出来た者だけがムウに会うことができるシステムになっている。ただの一本道で、幻影と念動力でもって侵入者に亡霊聖闘士を見せつけているだけに過ぎない。黄金にとっては子供だましの仕掛けだが、青銅や白銀クラスではよほどの小宇宙と精神力がなければ、この関門を通り抜けることは難しいものとなっているのだ。
亡霊聖闘士が次々と紫龍に襲い掛かる。
「日本では俺の帰りを心待ちにしている友がいるんでな。廬山龍飛翔‼︎」
中国服を着た少年。背中にペガサスと龍のレリーフが施された聖衣箱。恐らく彼が老師の弟子の紫龍なのだろう。流石は老師の弟子、なかなかやる。見事第一関門突破と言ったところか。友のためと言ったな。これは期待できそうだ。
館では貴鬼が紫龍の小手調べをしている。貴鬼に老師の弟子の紫龍が来ることを伝えてはいないが、こうして侵入者に対して貴鬼が相手をするのも貴鬼にとっては重要な修行の一つとしてさせている。その貴鬼に対し、どのような対応を見せるのか、引き続き観察する。
「フン、お前の方から上がっておいで。ただしこのムウの館には入口もないし階段もない」
紫龍は小宇宙を高める。
「少々手荒くなるが、許せ。」
と言って、紫龍はだるま落としのように館の1階部分だけを突き落とした。
これはちょっとやりすぎだな。これ以上館を破壊されては困るし意味もないので、ムウはやっと紫龍の前に姿を現すことにした。そして紫龍が差し出した2体の聖衣を拝見すると、それは酷く損傷しており、聖衣の息吹が全く感じられなかった。
「残念ながらこの聖衣の修復は無理です。この二つの聖衣はすでに死んでいる。死に絶えたものを甦らせることはいかにこのムウでも不可能です」
ムウは破壊された館を念動力で元に戻して見せ、聖衣にも命があるということを説明する。死んだ者を生き返らせることなど不可能なのだ。
「し…しかし勝手なようだが戦いはすでに始まっている暗黒聖闘士を相手に生身の体で戦うわけにはいかないのだ。世界広しといえど聖衣を修復できるのはあなただけと聞いた」
「一つだけ方法がないわけでもありません。この聖衣は死んでいる。聖衣を生き返らせるには、あなたの命が必要です。生き返らせるには聖闘士の大量の血液が必要なのです。少なくともあなたの体の血液の半分は必要です。知っていると思いますが、人間は体の3分の1の血液を失うと死ぬと言われています。聖闘士とて生身の人間、どうしますか」
「どうせ一度死んで星矢にもらった命だ……」
そう言って紫龍は手刀で両手首を切り、両聖衣に血を与えた。自分の聖衣よりも友の聖衣を……。やがて大量出血により紫龍は意識を失った。
「この紫龍は友情を信じられる男。殺すには惜しい」
ムウは紫龍の手首に触れて傷を治し、貴鬼に指示を出す。
「貴鬼、道具を用意しなさい。オリハルコンに星屑砂、ガマニオンもだ。そして紫龍を棺桶に収め、水を分解し、酸素を適宜棺桶に送るのだ。栄養価の高い粥を作って室温まで冷まし、紫龍の胃へ直接送るのだ。いいな」
ムウは聖衣修復の助手と同時に紫龍の看護を貴鬼に命じた。
血を止めることは出来ても血を造り出すことはムウとはいえ出来ない。紫龍自身が血を造り出すのを待たなければならない。ジャミールという高地はただでさえ空気が薄い。失血による低酸素状態を和らげるために必要な酸素ボンベはここにはない。
棺桶に収めることにより圧力を上げ、水分子を分解して得た酸素を送り込むことにより酸素分圧を高め、失血による低酸素症状をある程度緩和することができる。まずは低酸素から脳を護ることが肝要だ。原子を破壊するほどの聖闘士である。分子を分解することなど容易いこと。聖闘士見習いの貴鬼はすでに習得した技術である。失血により体から大量の水分と栄養も失われているため、これらの補給も早急に行う必要がある。だがやはりここには栄養を送り込むようなチューブも点滴もない。だがそれは念動力を用いて胃に直接栄養を送り込むことにより、ある程度代用できる。
「ムウ様、紫龍は助かるのでしょうか」
「それは分からぬ。紫龍は今黄泉の扉の前に立っている。扉を開けて彼岸に行くか、こちらに戻るかは彼の小宇宙次第。だが、聖衣は必ず甦らせましょう。紫龍の友情に応えて。」
聖衣は必ず甦らせる。紫龍次第であるが、紫龍も死なせはしない。出来る限りのことをしてみせよう。自分の聖衣のためのみならず友の聖衣のために自分の命を投げ出す勇気など、真の女神の聖闘士には必要な資質。あの老師の弟子だけあって強い心を持っている男だ。きっと黄泉の扉の前から戻ってくるであろう。弱い男であれば、棺桶が文字通りそのまま棺桶となるだけのこと。それまでだ。
聖衣の修復が終わった。しかし紫龍はまだ目を覚ます気配がない。紫龍が言っていた暗黒聖闘士との決戦が近づいている気配を感じる。急がねばならぬ。
暗黒聖闘士との決戦の場所と日時を紫龍から聞いていなかったため,テレパシーで女神本人に伺った。時間が迫っている。
紫龍はまだ目覚めていない。とりあえず、貴鬼にペガサスの聖衣だけでも先に運ばせることにした。
シャカの訪れ
「久しぶりだな。」
「珍しいな。君に聖衣の修復など必要ないだろうに。」
シャカがジャミールのムウの下をぶらりと訪れた。ムウは一瞬警戒したがそれは一瞬だけのこと、すぐに警戒を解いた。
「用もなく君の所に遊びに来てはいけないのか。それに私が来るたびにいちいち警戒することもあるまい。」
「聖域の招集に応じない私を君が天誅を下しに来たのかと思っただけだ。でも聖衣を着ていないので安心した。まあ中へあがれ。」
これはシャカがジャミールにいるムウの下に訪れるときに必ず交わされる挨拶のようなもの。上下関係の厳しい聖闘士の世界に疲れた時、瞑想世界に疲れた時、世間の喧騒に疲れた時等、シャカは息抜きも兼ねて対等な間柄で論理的な話のできるムウのところによく遊びに来ていた。ジャミールはシャカが普段暮らしているガンジス川流域に比較的近いこともあり、何かと頻繁に訪れていた。普段貴鬼以外の誰かと話をする機会が少ないムウもまた、シャカとのおしゃべりを楽しみにしていた。
聖域はムウを反逆者と見ているのかもしれないが、そんなことはシャカにとってどうでもよかった。ムウは単に聖域からの招集に応じないだけであり、反逆者などではなく紛れもない女神の聖闘士であることをシャカは知っている。その実力も認めている。
だがなぜ聖域からの招集に応じないのか、ムウは語りたがらない。シャカも友にですら話せない理由がそこにはあるのだろうということを感じてはいたが、踏み込んでしまってはムウとの友人関係にヒビが入るような気がして、無理に聞くこともしなかった。そしてシャカはシャカの正義感と倫理観で以て聖域に仕えていることを、ムウもまたよく理解している。お互い自分の信念と考えで行動していることを尊重し合い、認めていた。
この二人にとって、聖域に対する態度と友人としての付き合いは全く独立の関係にあった。
いつも通り居間で茶を飲みながら他愛のないおしゃべりを始める二人である。が、他愛のないおしゃべりと思っているのはこの二人だけで、アイオリアがこの場にいたら、わずか数分のうちに居眠りを始めてしまうような難しい話を実際はしているのである。帰納法的か演繹法的か、唯物論か観念論か、直観か直感か、現実論か理想論か、論理展開の方向性が異なる二人であるが、求道者にとってこれは非常に心躍る議論なのである。話題は、最近起こった出来事や本で得た知識についてのことが多く、分野は自然科学から社会科学、人文科学と多岐にわたる。
「ところで?あの棺桶は?また血を抜き取った聖闘士の死骸が入っているのか?」
シャカが部屋の片隅に置いてある棺桶に気が付いた。
「またとは何だまたとは。聖衣を修復するために血は必要だが、いちいち聖闘士が死んでしまうほど大量に採血していたら、聖闘士がいくらいても足りなくなってしまうだろうが。それに棺桶の中に入っているやつはまだ死んではない。とはいえ生と死の狭間を彷徨ってはいるがな。五老峰の老師の弟子の龍座の紫龍という少年だ。今は棺桶に入れて適宜酸素と水分と栄養を送り込み、目覚めるのを待っている状態だ。自分の聖衣とペガサス座の友の聖衣の修復を依頼しに来て、自分の聖衣のみならず友の聖衣と2つの聖衣を蘇らせるために体の半分の血を失って昏睡状態だ」
死んでもない者を棺桶に入れるのもどうかと思うが、この地で失血に対する治療を施さねばならぬと考えた場合、棺桶に入れることはやむを得ないこととは分かっている。だがやはり紛らわしい。聖衣の墓場で死んでしまった場合も、この棺桶に入れられているのだから。
「老師の弟子の?友の聖衣と合わせて2体分の血液を失って昏睡状態とな?」
「ああ、そうだ。友のためだと言って自ら2つの聖衣に血を与えて倒れた。老師からは私のお眼鏡に適うようなら聖衣を修復してやってくれと言われた。あの男は友情を信じ、自分の為でなく人の為に命を捨てることが出来る男だ。だから、修復するに値すると思ったからこそ、聖衣の修復をすることにしたし、出来る限りのことをして何とか命も助けようとしているところだ。本人はまだ目を覚ましていないが、聖衣はすでに修復を終えている。先にペガサス座聖衣だけ貴鬼に届けさせている。時間がないと言っていたのでな。なんでも、近々暗黒聖闘士との戦いがあると言っていた」
「ほう、暗黒聖闘士とな。暗黒聖闘士と言えば、最近私は暗黒聖闘士討伐の勅を受けたのだが、私が行った時にはすでに暗黒聖闘士は倒されておった。それも青銅聖闘士になりたての鳳凰座の一輝と言う男にな。なかなか面白い男で見どころのあるやつではあったぞ。やさぐれて悪ぶっていたが、そいつの本質的な部分は決して悪などではなく澄みきっておった。だからやつを殺すことなく生かしておいたのだ。私の記憶を消してな。その男が今は暗黒聖闘士の首領に修まっているはず。暗黒聖闘士に動きがあったというのなら、やつが何か行動を起こしたということなのかもしれぬな」
シャカは勅令を受け討伐に向かっても、相手の本質が悪でなければ命まで奪うことまではしない。相手が邪悪なものであれば、それこそ情け容赦なく無慈悲に命を奪う。本人は慈悲の心がないと言っているが、本当は良心のある者に対して慈悲の心を持っている。それ故鳳凰座の男は命拾いをしたのだろう。その男がどのように紫龍たちに関わってきているのか、ムウは素直に興味を持った。
「そんなことがあったのか。そいつはなかなか面白いことになりそうだな。この紫龍が命を懸ける程の友と呼ぶ者たちがどんな奴かも気になる。私は紫龍が目覚めそうになったら、運ぶついでに君が助けた男が率いる暗黒聖闘士との戦いを見届けてくるとしよう」
「それはいい、楽しみだな」
「君が命を助けたような男が動いているのだ。どんな男なのか私も興味があるし、なぜ暗黒聖闘士とこの紫龍が戦っているのか、その理由も知りたい。情報収集も兼ねてだ。これから何か大きなことが起こりそうな気配がする。それに何か事が起これば、一番先に動き出さなければならないのは、第一宮の守護者たる私の役目。聖域にいなくともそれは変わらん。不必要な戦いであれば、それは出来る限り避けねばならぬ」
「戦いを好まぬ君らしい」
「戦わずして勝利するのが最も美しい勝ち方だ。戦う必要がある相手であっても、戦いは最小限に留めるのが筋だろう。理由なきただの私闘であれば、処罰の対象にもなるから、止めさせるべきだ」
「相手は今のところ青銅だ。巻き込まれたとしても、余程の相手でもない限り牡羊座の君がやられるとは到底思えないから気にはならんが、だが警戒は怠るなよ。裏に何かあるのかもしれんからな」
「ああ、もちろんだとも。」
シャカが去ってしばらく経った後、治療の甲斐あって紫龍が間もなく目を覚ましそうな気配を感じた。
(老師、昏睡状態にあった紫龍が間もなく目を覚ましそうです。私は龍座の聖衣と共に紫龍を連れ、日本での暗黒聖闘士との戦いを見届けてきます)
(うむ、聖衣の修復と紫龍の看護に対し礼を言うぞ。聖域が動き出す気配がする。決して、侮ってはならぬぞ)
(はい、分かりました。では、行ってまいります)
老師に報告した後、ムウは紫龍を入れた棺桶と共に日本へと飛び、先に行った貴鬼と合流した。
暗黒聖闘士との戦い
「シ…、紫龍が……、紫龍があ…、生き返ったあ!!」
「黄泉の扉から戻って来たか…。龍は二度、死の深淵より舞い戻ってきたのだ!!」
「ありがとう、ムウ。おかげで俺の聖衣も復活することが出来た」
「礼には及びません。だがその体で本当に戦いに加わる気ですか?言っておきますがあなたの体には半分しか血がない。たとえかすり傷でも出血すれば間違いなく死ぬ。三度目の復活などもはやないのですよ」
酸素と水と栄養を一週間にわたり補給し続けたのだ。体の半分しか血液がないというのは大げさな言い方で嘘であり、半ば脅しである。濃度は薄いが血液量はほぼ正常に近づいてきている。しかし一週間も昏睡状態で寝ていたのだ。筋力も衰えて普通ならまともに動けるはずがない。
「わかっている…」
仕方がない、というよりも予想通りの応え。これぞ真の勇気ある女神の聖闘士。その体でどのような戦いを見せるのか、しかと見せてもらおうではないか。ムウは紫龍に修復を終えた新生龍座聖衣を差し出した。
小宇宙を使うと自分の存在を感づかれてしまって何かと都合が悪い。ムウは小宇宙ではなく、透視といった第六感の超能力を駆使して青銅聖闘士たちの戦いぶりを観察した。青銅たちの闘いぶりはまだまだヒヨッコだが、どの少年も友情というものを信じ、一生懸命闘っていた。暗黒聖闘士と青銅聖闘士が闘っている理由は、かつてムウが本物と分からぬように細工を施した射手座聖衣を巡ってのものだった。
(おや?あの聖衣は?あの射手座の黄金聖衣がここにあるということは。なるほど、そういうことか。とすると、この少年たちはおそらく……)
「鳳翼天翔ーー!!」
その時、バラバラに転がっていた射手座の黄金聖衣が合体して一輝の技からペガサス座の少年を守った。聖衣の修復師たるムウは、射手座聖衣にアイオロスの残留思念が作用し始めていることに気が付いた。
(アイオロスよ、この少年たちは…、あなたがあの時光政翁に言っていた少年たちなのですね。そしてこの少年たちを裏で動かしているのは…、本物の…、女神……。しばらくご尊顔に伺っていなかったが、ご成長されて動き出したということなのだろう。そしてあなたが守ったこのペガサスの少年は……)
星矢の情熱に一輝の心が動揺しているのが分かる。彼がシャカの言っていた鳳凰座の一輝。確かに、ただ悪ぶっているだけで、星矢がその皮を剥いてしまえば正義の心を持った純真な男のようだ。彼らは皆、光政翁を父にもつ異母兄弟であり、一輝は父親にされたことに対する憎悪を兄弟に向けていたに過ぎなかった。一輝にとって射手座の聖衣は、兄弟たちと戦うための口実に過ぎないようだった。ムウの見立てでは、彼もおそらく……、真の女神の聖闘士に違いなかった。
蜥蜴座のミスティ
「ムウ様、敵です!!も…ものすごい勢いで小宇宙が…恐るべき攻撃的小宇宙が近づいています!」
ムウは青銅聖闘士が暗黒聖闘士と闘っている中、聖域より10人の小宇宙が日本に向かっているのを感じていた。いよいよ聖域が本格的に動き出したか。青銅よりも大きいが黄金よりは小さい白銀クラスの小宇宙。黄金聖闘士であるムウにとって白銀は蟻のようなものだが、牡羊座のムウがこの件について動いているということを知られるのは、今の段階では非常にまずい。幸いムウが聖衣の修復師であるということは知られていても、常に隠密行動のようなことをしていたためか黄金聖闘士だということを知る白銀はほとんどいない。故に小宇宙を黄金と分からぬように極力抑えたまま対処する。黄金のムウにとってはどうってことない白銀だが、少年たち青銅とはその実力に天と地ほどの差が有る。このままむざむざとこの少年たちを殺させるわけにはいかない。さて、どうするか。まだムウはここで戦うわけにはいかないのだ。
「うろたえるな貴鬼。そのことならもうとうに気づいている」
白銀の一人が、富士山ろくの洞穴ごと青銅聖闘士たちを抹殺しようとした。ムウはその隙に、青銅聖闘士と暗黒聖闘士たちをテレポートによって逃がした。先に暗黒聖闘士を、次に青銅聖闘士を。射手座の聖衣が守ったペガサス座の少年はムウ自らが背負い、テレポートした。一輝も一緒にてレポートさせたかったが、彼だけはテレポートによる救出を頑なに拒んだため、断念した。ダメージは他の4人ほど負っていないため、なんとか自力で脱出し、生き延びていることを願う。
いくら超能力に優れたムウでも、自分以外を8人同時に小宇宙を使わずにテレポートさせることは、どうしても通常よりテレポート速度が格段に落ちてしまう。ジェット機と自転車ぐらいに違う。さすがのムウも、簡単に白銀どもに追いつかれてしまった。ムウは話し合いのためにいったん浜辺に降りた。
「やはりあそこまでの行いができるものはあなたか…、噂に高いジャミールのムウ。聖衣の修復だけをしていればいいものを……。まあいい、それよりもそいつを渡してもらおうか」
「いやだと言えば…?」
現れたのは蜥蜴座のミスティ。ミスティは指一本でムウの足元にクレーターをつくり、次は体に穴を開けると脅しをかけてきた。貴鬼は驚いたが、黄金であるムウが白銀如きのそんな子供だましの脅しに驚くわけがないし、乗るわけがない。もし、その攻撃がムウに向けられたとしても、ムウにはかすりもしないだろう。
そして同じく聖域から派遣されてきた鷲座の魔鈴が現れた。魔鈴は星矢の師匠らしい。ムウは担いでいた星矢を降ろし、魔鈴とミスティと星矢のやり取りをしばらく観察する。
(貴鬼、今のうちに急いでペガサスの聖衣を集めておきなさい)
この隙にムウは貴鬼にテレパシーで指示を出し、貴鬼はムウの指示に従って富士山ろくに戻って聖衣を探し、ムウの下までテレポートで運んだ。
星矢はやはりミスティと戦う気のようだ。
「聖衣を纏ったこの白銀聖闘士を相手に!生身の体で、しかも力尽きたお前がどうやって戦えるのだ。ククク」
「いや、望むのなら星矢の聖衣を用意しても良いが」
タイミングよく貴鬼がペガサスの聖衣をテレポートで運んできた。マスクだけがどうしても見つからなかったようであるが、それはまた何らかの機会に作製すればよいだろう。一部が欠けていてもないよりはマシである。
「ムウ、またしても余計な真似を。なぜそこまで青銅に味方をする?」
「別に味方をしているわけではない。ただ同じ死ぬにしても少しは希望を与えてやってもよかろう。」
星矢は聖衣を装着し、ミスティとの戦闘を開始した。星矢の攻撃は全くミスティに当たらない。実力差がありすぎる。様子を見ていた鷲座の魔鈴は、弟子の危機に師匠としていたたまれなくなったのか、師自ら弟子に拳を放ち、星矢は倒れた。だがそれは見せ掛けの拳。
(魔鈴は幻惑によって星矢を助けたか。)
星矢が倒れたのを見届けたミスティはムウに詰め寄る。
「あなたは聖衣の修復だけをしていれば良いはず。それとも聖域に対して反逆の意志でもあるというのかな。返答によってはこのまま生かして返すわけにはいかないが……」
その時、海から白鯨座のモーゼスが、倒した紫龍を連れてきた。その紫龍はムウが暗黒聖闘士を青銅聖闘士に見せかけるように仕掛けた幻惑であり、白銀たちはまんまと引っかかったようだ。魔鈴の指図により最初に飛び出した4つの流星を追いかけていたようだ。瞬、氷河も同様に白銀に連れられてきたが、いずれもムウが仕掛けた幻惑に引っかかってのものだった。本物の瞬と氷河はおそらく無事のようだ。そのまま幻惑にかかっていてもらおう。
全員を倒したことを確信した白銀は、ミスティ以外引き上げた。ムウはこの隙に浜辺から崖の上へとテレポートした。
ミスティは魔鈴がかけた幻惑には気が付いたが、ムウが暗黒聖闘士に仕掛けた幻惑には全く気が付いていないようだった。ムウは富士の地底から先に暗黒聖闘士を飛ばし、暗黒聖闘士を青銅聖闘士と思い込むような幻惑を仕掛けておいた。ミスティは同格の白銀の魔鈴の幻惑は見破ったが、黄金のムウが仕掛けた幻惑は、強力過ぎて見破れなかったようだ。
ミスティは星矢を掘り起し、再び戦闘を開始した。星矢の小宇宙が先程よりも高まったのを感じる。ミスティに一撃を与えようと星矢は策を練るが、星矢の攻撃はミスティの防御壁の前になすすべなく、全く攻撃が当たらない。やはり実力差がありすぎる。今度はもう手助けは出来ない。真の女神の聖闘士であれば、白銀相手に奇跡を起こして勝利するはず。勝つためには奇跡を起こすほかない。ミスティを超える小宇宙を身に付けなければ……。
その奇跡が起きた。星矢の小宇宙は一瞬だけミスティを超えた。一瞬だけ白銀の小宇宙を超え、ミスティの技を跳ね返した。星矢の小宇宙が白銀を超えたことにミスティは激しく動揺した。星矢はミスティが動揺した隙に後ろを取り、ペガサスローリングクラッシュによりミスティを倒した。命がけの技だ。星矢は命を懸けて勝利をものにした。命を賭しても勝利をもぎ取ろうという心意気が、奇跡を起こしたのだ。
「貴鬼、そろそろジャミールへ帰りますよ。星矢たちは誰の助けも借りずに自力で戦わなければならない。そうでなければ、この先、聖域を相手にすることなど到底不可能なこと……」
本当はもっと戦いを見届けたかったのだが、面倒なことになるといけなかったので、ムウはいったんジャミールへ戻ることにした。しかし意識を常に日本の女神と青銅聖闘士たちに向けており、監視は続けた。何かを感じたときは日本へ飛び、気配を消して観察した。
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