円卓の山羊

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

サガの乱を山羊視点で書いてみています。何分にも,エピソード・ゼロ発表前に書いたものなので,近々書き直したものを改訂版として出したいと考えています。山羊はあまりにもエピソード・ゼロと違いすぎる。このままでも良いのかもしれませんが,私が納得していません。

原作より

  • 力こそ正義
  • アイオロスを半殺しにした
  • 死の間際に改心

等など

を反映させたつもりです。原作準拠なので、アニメのシュラの性格にはなっていません。あくまでも原作のシュラのつもりです。

目次

本編

この日は報告の為に久しぶりに聖域に来ていた。その時の教皇は、いつも通りの教皇のお姿であるにもかかわらず、醸し出している空気が以前とはどこか違うような気がした。

どこか力でもって有無を言わさず他を圧倒するような威圧感。ひどく澄み切ってはいるのだけれども、何とも言えない力押しの小宇宙を感じた。この違和感は一体何だ?

いつもは用が済めば直ぐに住み慣れた修行地に帰るのだが、この日は帰らずに自宮の宿舎で泊まっていく気分になった。なぜそうしたのかは分からない。ただ、この日は何とも言えない胸騒ぎがし、己の勘に素直に従ったまでだ。

どういうわけか、暑苦しいわけでもないのに、あまりの胸騒ぎに寝つきが悪く、ベッドの上をただゴロゴロと蠢きつつ、真っ暗な天井を見つめていた。

ただただ、夜という時間が過ぎていくのをひたすら待っていたように思う。

女神の降臨

数週間前のことだったと思う。聖域に女神が降臨されたということで、黄金聖闘士全員が招集を受け、お目見えしたことがある。赤ん坊のお姿であることに、シュラは内心がっかりしたことを思い出していた。

(あの赤ん坊の女神を、これから守ることになるとは。俺たちは赤ん坊の子守などではない!)

シュラの本音であった。女神が降臨されたと聞き、そのお姿を拝見した時に赤子の姿である女神にがっかりしたのだ。年下の7歳の黄金聖闘士たちは可愛らしい赤ちゃんに、

「赤ん坊の女神、かわいかったな」

などと口々に話しながら「キャッキャッ」して十二宮の階段を下りて行ったが、10歳になるシュラは素直に喜ぶことができなかった。シュラは年の近いデスマスクとアフロディーテとともに、まだ教皇宮に残って女神について雑談していた。

「あいつらは何も考えていなくて、気楽でいいな。でもよお、あの赤ん坊に何ができるのかなあ」

とデスマスクが言えば、

「さあな、まだ小宇宙も感じられないし、どんな力があるんだろうな」

とアフロディーテが答える。

「成長するまで待っていられるか?力なき赤ん坊に従うことなど、できるのか?赤ん坊に跪くのだぞ」

などと言い合っていた。悪口とは言わないが、赤ん坊に従うことの理不尽さを言い合っていたら、

「お前たち、女神に対しなんてことを言うのだ!まだ赤ん坊とはいえ、われらがお守りする女神なんだぞ!わかっているのか!」

教皇と話を終えたサガが通りかかった際に会話を聞かれ、怒られた。

「でもよお、女神ったって、まだ赤ん坊なんだぜ。いったい何ができるってんだよ」

デスマスクはふてくされ気味に言った。

そんな会話をしていたことを、思い出してはベッドの上をゴロゴロしていた。

「女神かあ……。女神って、いったいなんだろうな……」

その日の夕方は、女神降臨を祝う祝賀会が開かれた。降臨されてまだ1か月も経っていない頃だった。祝賀会は、アテナ降臨など関係なく、10歳の子供らしく普通にはしゃいで楽しんだ。

アイオロスの反逆

「誰かであえーーっ!アイオロスが反逆をこころみたあーーっ!」

突然、教皇からの強力なテレパシーが頭に直接鳴り響き、シュラはベッドから飛び起きた。嫌な胸騒ぎの正体はこれだったのか!?

聖域全体にアイオロスの討伐命令が下ったのだ。聖闘士の鑑と賞賛されるアイオロスが反逆を試みるなど、俄かには信じ難く、いまいち事情がつかめない。教皇に感じた違和感と関係があるのか?

「アイオロスが女神を殺害しようとしたのだ!早々に追っ手をかけろ。生かしておいてはならん、必ずとどめを刺せ!!」

頭に直接届く教皇からの命令。シュラはいつもなら教皇から下された命令に素直に従うのだが、この時は少し違和感を感じていたので、確認のために一旦教皇宮に足を運んだ。

「シュラか、よく来た」

「教皇、これは一体どういうことなのでしょうか?聖闘士の鑑とも称されるアイオロスが反逆とは……」

「どうもこうもない。アイオロスが先ほど降臨された女神を殺害しようとした上に、この私に拳を向けたのだ。これを反逆といわずしてなんと言おう」

「女神を殺害!?教皇に拳を!?!あのアイオロスがそんなことをっ!?!」

「そうだ。私もアイオロスがそんなことをしでかすなど、いまだ信じられず混乱している。だがこれはまぎれもない事実だ。先ほど降臨された女神の様子を伺おうとしたところ、アイオロスが女神をまさに殺害せんとしているところだった。慌てて私が止めに入ったところ、今度は私に向かって拳を向けてきたのだ」

シュラはいまだ信じられず呆然とした表情で教皇をじっと見つめた。

「いいか、一刻も早く反逆者であるアイオロスを討ち取ってまいれ。相手は実力のある黄金だ。黄金とはいえ、お前がやられてしまう可能性も無きにしも非ず。黄金同士が争えば千日戦争の状態になってしまうことはお前も知っていよう。くれぐれも気を付けてまいれ。わかったな!」

信じられない事実に、シュラはしばし固まっていた。

「なにをしたおる!早くアイオロスを打ち取って来ぬかーっ!!反逆者に与えられる罰は、『死』あるのみだっ!」

言葉を荒げて立ち上がった教皇に、シュラはやや驚いて顔を上げた。

「はっ!必ずや、反逆者アイオロスを打ち取ってまいります」

この世界は権力を持つ者によって制御されているのであり、力を統べる教皇が誰であろうと、この聖域では絶対なのだ。教皇命令とあらば、有無を言わずに従うのもまた聖闘士としての務めと考えている。もとより考えることが苦手なシュラはこの件について思考することをやめた。

アイオロス討伐

シュラはアイオロスの小宇宙を頼りに追いかけた。アイオロスは黄金聖闘士だ。白銀や青銅が討伐に出たところで手も足も出ずに返り討ちにあうのが関の山。相手が黄金聖闘士である以上、同じ黄金聖闘士である自分が率先して討伐に向かわなければならないのだ。

今、聖域に待機している黄金は自分とアイオリアだけだ。

アイオロスを追いかける途中で見かけたアイオリアは、肩を震わせ、茫然自失といった状態で涙を流し、雑踏の中、ただただ黒い空間の中に立ちすくんでいた。慕っていた兄が突然反逆者となったのだ。アイオリアにとってものすごいショックなことだろう。

そんなアイオリアが兄であるアイオロスを討てるわけがない。

つまり、アイオロスを討ち取れる可能性があるのは、今この聖域には自分しかいないことをシュラは確信した。

シュラは聖域を飛び出し、アイオロスをただひたすら追いかけ、追いついた。アイオロスは赤子を抱えて逃亡しているため、いつもより走るスピードは遅くなってしまうがために、簡単にシュラにとらえられてしまった。

「待て‼︎シュラ‼︎聞いてくれ!今私が抱いているこの赤子はな…」

「……」

「200年ぶりにこの地上に降臨なされた女神なのだ。私は……」

「フンッ!そんな赤子に一体何ができるというのだ。そんな赤子がどうやってこの地上を守るというのだ!その赤子が女神であろうとなかろうと、そんなことは俺の知ったことではない!これは反逆者を討伐しろという教皇からの勅命だ!教皇の命令は絶対!受けろ!エクスカリバー‼︎」

「グハッ!クッ、話しても…無駄か」

シュラは聖剣を連続して繰り出した。アイオロスは心身ともに疲労していることもあり、女神を守りながら技をすべてよけきることは難しかった。 アイオロスは女神を抱えて傷だらけになりながらも走った。

「ア…女神…、こ…このアイオロスが一命に変えてもお守りいたすぞ」

シュラの技を足に食らった。それでもアイオロスは教皇の命に従っているだけのシュラに拳を向けることなど、どうしてもできなかった。年下の黄金のシュラはとても真面目で純粋な所があり、アイオロスは弟ほどではないにしろシュラを可愛がっていた。

教皇の命でなかったとしても、同じ黄金聖闘士同士が争うことに意味はない。やはりシュラに拳を向けることなどできない。アイオロスはそういう男だった。

アイオロスは一方的にシュラの攻撃を受け続け、痛みに耐えつつ攻撃を躱しながら、岩場の影に隠れた所で一息つき、赤子に話しかけた。

「女神様、ご無事で…。私がこの命にかえましても、あなた様を安全な場所までお連れいたします。女神様…どうか…」

赤子はぐずって泣き出してしまったがために、シュラに気付かれてしまった。

「そこかっ‼︎エクスカリバー‼︎」

「しまった‼︎見つかったか⁉︎」

アイオロスはシュラの攻撃を必死に交わしながら逃げ続けたが、赤ん坊を抱えながら、やはり怪我を負った身体では思うように走れない。背中はパンドラボックスで守られているとはいえ、アイオロスは聖衣も纏わずに生身の体のまま逃げ続けた。

聖衣を纏ってしまうと、それこそ聖域に対する反逆行為であるということを証明することになってしまうと考えたからである。射手座の聖衣を纏って、聖域からの追手と戦うことなど、アイオロスはどうしてもできなかった。

アイオロスはシュラの攻撃から赤子を必死にかばい、赤子を守るように抱きかかえたまま遂にその場に倒れてしまった。

「ア…女神よ……私は…もはやこれまででございます…申し訳…ありま…せん……」

シュラは気を失ってピクリとも動かなくなったアイオロスを見て死んだと思い込み、聖域へと去った。

聖衣は持ち主が死ねば自ら宮に戻るため、そのまま捨て置いた。赤子は、誰も世話をする人がひなければ、そのままアイオロスとともにのたれ死ぬ。そう思っていた。赤子が女神だったとしても、シュラはどうでもよかった。

この時のアイオロスは半殺し状態とはいえまだ生きており、ムウが後を追いかけていることなど、当然シュラは気づいていなかった。

対立を避けるために

対立というものは様々な悲劇を生む。祖国スペインの歴史を振り返れば、イスラム教が支配していた時代からレコンキスタにより再びキリスト教国家になる際、多くの宗教対立が生まれ、多くの者が虐殺された。そして今も、シュラの居住地であるピレネー山脈では、スペイン政府によるバスク人への迫害が行われている。

その時々で、それぞれの立場で権力を握っていた者がその時代、その地域の正義なのである。それは歴史が証明している。平和を維持しようと思ったのならば、時の権力者側につき、たとえそれが恐怖政治であってもその支配が揺らぐことなく続いていくようにすればよい。人々が飢える事なく、また無駄な争いのない世界こそが平和な世界なのだ。

力もないのに理想を掲げ、力がない故に返り討ちに合う。力がなければいくら理想を掲げても無駄なのだ。無駄に多くの血を流さないためにも、対立などせずに現状維持することが理想だ。それがシュラの処世術でもあった。

「そうか、アイオロスの討伐に成功したか。ご苦労であった」

アイオロスを討ち取ったものの、赤ん坊の行方について問われることはなかった。アイオロスよりも、女神である赤ん坊の方が大事なのにであるにも関わらず。どうしてなのか、シュラは深く考えなかった。

今、聖域で権力を持っているのは目の前にいる教皇その人であり、女神でもアイオロスでもない。

今現在余計な対立を生まずに地上を平和の裡に過ごすためには、教皇の命に従って、教皇に反旗を翻す者たちを粛清していくことが正しい道である。

何の疑問も持たなかったといえば嘘になる。

黄金聖闘士ともなれば、目の前の勅命をこなすために世界中を飛び回ることになる。10歳になっていたシュラは、目の前で起こったこと、アイオロスを教皇の命に従って討伐したこと、自分の仕事と使命について、まだ浅いとはいえそれなりに自分の外の世界に結びつけて考えることが出来るようになっていた。

そこがまだ7歳の幼い黄金聖闘士たちとは一線を画すところであった。

その地域で力を持つものが正義である。力を持つ者に対する無駄な対立と争いを避けること。これがその地域の平和につながる。力を持った者がたとえ悪だとしても、その地を支配する者が正義

以前とどこか違う雰囲気を持った教皇をまったく疑わなかったということではない。聖域の秩序を乱すことなく運営していくことが、シュラにとっては正義である。

それがたとえ悪の側だったとしても、教皇の命に従って行動するのが聖闘士の務めであり正義だと思っている。そして秩序を保つためには力は必要であり、故に力こそ正義なのだ。

アイオロスの討伐から数日後、騒動がある程度落ち着いたのでシュラは修業地でもあり居住地でもあるスペインに帰ることにした。その際、アイオリアがいるであろう獅子宮の宿舎前を通った。

アイオロスが討伐されたという知らせが入った直後はむせび泣く声が聞こえたそうだが、今はすっかり静まり返っている。心配した従者が食事などを運んでいるそうだが、手を付けられた形跡はないらしい。

その向こうにアイオリアがいるであろう扉を、シュラはしばらくの間じっと見つめていた。

『力を持つものが正義』

単純思考のシュラはこの言葉を何度も反芻し、思い込むことによって、アイオロスを討った自責の念を昇華していった。そのうち、アイオロスを討ったことに対し、何も思わなくなっていった。

アイオロスという逆賊を打ち取ったということで、英雄視されるようになったことも、その信念に拍車をかけた。天狗になったわけではない。周囲から英雄と持ち上げられることにより、「力」というものに対する信念がゆるぎないものとなっていったのだ。

忠誠を誓うべきは、秩序を守るべき「力」

そう信じて疑うことはなかった。

秩序を守るために

アイオロスの事件以降、反逆者と疑われる者たちを討伐する勅を受けることが増えた。それはデスマスクとアフロディーテも同じことだった。シャカやミロは明らかに悪事を働く者に対しての討伐命令を受けていたが、俺たち3人は違ったのだ。

俺たちは女神神殿に降臨された女神が不在であることを知っている。女神が不在であることに疑念を持ち、反逆の意を露わにしている者たちを粛清していった。

女神の在不在にかかわらず、俺たちは聖域の秩序が乱れることを最も恐れていた。力による聖域の秩序を守ること、それがすべてだった。

女神の聖闘士とは……

あれから13年という月日が流れた。

あろうことか、「女神」を自称する小娘が青銅聖闘士どもを引き連れて聖域に乗り込んできた。あの時アイオロスが抱きかかえていた赤ん坊なのかどうか、シュラにとってそんなことはどうでもよかった。

女神だろうが何だろうが、力なきものにこの世を収める資格はない。力こそがすべてなのだ。

そのことを思い知らせてやるのみ。とはいえ、青銅のガキどもがここまでたどり着けるとは思えない……。

激しい小宇宙のぶつかり合いを感じる。激しい小宇宙の衝突の後に、穏やかな小宇宙の流れを感じることもあれば、小宇宙が消えてしまった者もいる。

青銅聖闘士たちが巨蟹宮にたどり着いてしばらくたったころ、カミュが宝瓶宮からどういうわけか降りてきた。カミュらしくない職務放棄ともとれる行動に驚いたが、

「あいつらが来るまでまだ時間がある。ミロとちょっと話をしてくる」

当初はその言葉を信じていた。カミュはミロと仲がいいので、この戦いにおける作戦でも練るのではないかと思っていた。ミロはわりと敵に向かって突っ走っていく。それに対しカミュは敵の出方を見て、考えてから行動する。ミロは突っ走っていく面があるが、作戦があればその作戦内容に沿って忠実に行動する面もある。だから、この時は何か策があって行動しているのと思っていた。

策があったのは確かだった。

だが、その策は俺が考えていたものと違っていた。まさか、天蠍宮を通り越して天秤宮まで行くとは主合わなかった。無人の天秤宮に行ってしばらくして戻ってきたが、まさかそこで弟子を氷漬けにしていたなんて知ったのはずっと後、冥界で再開してからのことだった。

この時、宝瓶宮に上っていくカミュの後姿は、どこか寂しそうな感じがした。

黄金聖闘士の仲間たちに何があったのか理解に苦しむ。ここまで来るはずがないと思っていた青銅どもはなぜか磨羯宮までたどり着いてしまった。

磨羯宮での闘い

だがここは深く考えずに、来るものはこの聖剣で叩き切るのみ!!フンッ!どうせなら後ろから不意打ちをかけてまとめて叩き切ってやる!! シュラは小宇宙を消して星矢たちが磨羯宮を走り抜けた瞬間を待った。

「エクスカリバーーー!!」

「あぶない!!みんな!飛べっ!!!」

俺としたことが龍座に気付かれてしくってしまった。二撃目を繰り出そうとしたが、龍座がこの場に残ってしまったため、出しそびれてしまった。だがそんなことは問題ない。青銅ごときを倒すのはたやすいこと。

「俺は山羊座のシュラ!!そして13年前、逃亡しようとしたアイオロスを半殺しにした男よ!!」

アイオロスを半殺しにした男と聞いて紫龍はますます闘志を露わにした。

「アイオロスの無念も込めてすべての小宇宙をこの俺に叩きつけるだと!俺は実力もないのにでかいことをいうやつが嫌いでな!!」

力を持つ者が正義。力がなくては何もできない。理想を掲げてばかりで力のない奴は結局何もできず、周りの弱者をさらに巻き込む。

力もないのに理想ばかりをいって民衆を巻き込んた反逆を試み、虐殺された者を修行地近くで多く見てきたシュラにとって、そんなやつが大嫌いなのだ。理想とは、力が伴ってこそ成就するものなのだ。

今の聖域の秩序が守られているのも力があってこそ。

黄金と青銅ではそもそもその実力に雲泥の差がある。終始シュラの方が優勢に戦いは進んでいる。しかもシュラは本気ではない。半分からかいのような遊びのような。こんな青銅相手になぜ他の黄金たちが磨羯宮まで通してしまったのかわからない。実力が違いすぎる。

龍座の盾をシュラが切り裂いたところで、紫龍は何を思ったのか聖衣を脱ぎ捨てた。聖衣を脱ぎ捨てるその行動を、シュラは理解できなかった。

紫龍は追いつめられる中、勝利をもぎ取るための秘策を戦いの中で考えていた。青銅たちはここにたどり着くまで、最初から優勢な戦いなどしていない。いつも追いつめられる状況の中で起死回生の手段を尽くし、逆転してきたのだ。それは軌跡ともいえる。

シュラは紫龍が技を繰り出す瞬間、左腕が下がり胸ががら空きなる隙をついて手刀を放った。

だが、それは捨て身の戦法ともいえる紫龍の作戦だった。

「な…ならばおまえは敢えてその弱点を敵にさらけ出し、まさしく背水の陣を張ったというのか……」

紫龍はシュラの背後を取り羽交い絞めにし、老師に禁じ手とされた抗龍覇を放った。二人の体は天高く、流星となって登って行った。

「自分が死んでの勝利など何の価値があるのか!?何のためにそこまで戦うのだ。なぜだーーーっ!!」

「シュラよ、聖闘士ならわかりきったこと…、女神のためだ!!」

……!!

そうだった、聖闘士の存在価値というものは、女神を守ってのものだった。

何よりも、女神のために戦うことが優先されるのだ。誰が善とか誰が悪とかではなく、何が正義で何が非正義なのではなく、すべては女神のためなのだ。女神に忠誠を誓ってこその、両手両足の聖剣ではないのか。死してなおも女神のために戦う。それが女神の聖闘士。地上を守る女神のために戦うのが、女神の聖闘士なのだ。女神の信じる正義が聖闘士の信じる正義である。

それは自分が黄金聖衣を賜った時にも、再三再四教皇から言われていたことだ。基本中の基本である聖闘士の存在意義を、今頃思い出してももう遅い。もはや後の祭りだ。

この青銅聖闘士たちはあの小娘を信じてここまで戦ってきたのだという。聖衣を賜ったとき、女神の下で戦う聖闘士には女神の加護があり、軌跡を起こすのだと、教皇がおっしゃっていた。

青銅たちがこれまで白銀を倒し、圧倒的に力の差のある黄金に挑んで勝利をつかんでいたのは、女神の加護があったからだというのか。あの小娘がやはり女神であり、アイオロスが連れ去った赤ん坊なのか。

だがしかしあの赤ん坊が女神だったとするならば、アイオロスに女神の加護がなかったということは考えにくい。あの小娘が女神だということを信じることはできても、やはり赤子が女神だったいうことを信じることはまだできない。

女神が不在とされていた時は、女神のいう正義とはいったい何なのかわからなかった。だが今は、この紫龍との戦いを通して理解することができた。自分が信じていた正義とは、いったい何だったのか。自分がしてきたことは、本当に正義だったのか。

女神のために

(黄金の俺がこんな青銅のガキに聖闘士とは何たるか、正義とは何たるかを教えられるとはな。この紫龍という男。このまま見殺しにしては余りにも惜しい。俺は既に女神に対し取り返しのつかないことをしてしまった。この紫龍を助けることこそが、せめてもの償い。再び聖闘士として生まれ変わることがあるならば、今度こそ、女神ために戦おうではないか。現世の俺は星屑となって女神と、女神の聖闘士たちを見守ろう…)

「山羊座の聖衣よ!俺の想いを受け止めてくれ!俺のことは構うな!頼む!山羊座の聖衣よ!」

シュラの真意を汲み取った山羊座の聖衣はシュラの身体を離れ、シュラより先に気を失っている紫龍の身体を覆った。

「紫龍よ!お前だけは地上に戻り、女神を守るのだ!頼んだぞ!!ジャンピングストーン!!」

シュラの体は紫龍を飛ばした反作用によりさらに上空への向かう力が加わった。薄れゆく意識の中、再び流星となって地上に戻る紫龍を見届けた。

「俺の身体はもう限界だ。女神を…、地上を…、頼んだぞ…、紫龍……」

やがて気圧の低下により完全に意識を失い、大気との摩擦熱によりシュラの身体は消滅した。

またこの世に転生することがあったのなら、今度こそ女神と……、地上の平和のために戦いたいものだ……。

あの事件の真相は俺にはわからない。アイオロスが抱えていた赤ん坊が女神だったのかどうかもわからない。だが……、今世では……、アイオロスには悪いことをしたな……、アイオリアにも……。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • アフロディーテは教皇にだまされ、アイオロスが無実であることを知りませんでした。 おそらく最初はデスマスクだけが真実を推測したのでしょう。

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