エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。
黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)
サガの乱について、ムウ様が生き残りの黄金たちと語ってます。
原作にある
- ムウと老師がアイオロスに加担し聖域を裏切った
- ムウが偽教皇の正体を知ったのは双児宮に小宇宙を感じてから
- サガはアイオロスの事件の少し前に聖域から姿を消した
- 教皇がムウの師匠であると誰も知らないっぽい
等々を反映させたつもりです。
本編
「殺したのだよ。このサガが」
師が行方不明になってから13年。偽教皇のサガの口から師が殺されたということがはっきり分かった。師がこの世の者でなくなっているということの確証の持てぬまま,どうすることも出来ぬまま過ごした13年という月日。やっと最後ピースが埋まり,全てのことが明らかになった瞬間であった。
青銅聖闘士たちが偽教皇を倒し,聖域はその後始末の喧騒の中にあった。ムウはふと思い出したかのように,魔鈴を探した。
スターヒルへ
「あなたが……,スターヒルで教皇の遺体があったことを教えてくれた,鷲座の魔鈴でしたね」
「ああ,そうだよ。私が魔鈴だ」
「あなたがスターヒルで10年以上も経った教皇の遺体を見た時のことを,詳しく教えてくれませんか」
「ああ,いいよ。日本で星矢たちが白銀聖闘士たちと戦っているとき,あんたもいたと思うが,聖域に対する疑念が強くなってきたんだ。この戦いの意味を考えた時,その答えがスターヒルにあるんじゃないかと思ってね。スターヒルは教皇しか登ることが許されないのは知っている。だが,その禁を犯しても,どうしても確かめたかったんだよ。そしてこの目でしっかりと確かめた。完全に白骨化していた教皇の遺体をね。恐らく10年以上経っていたと思われるんだ。でも10年以上も経っているだなんて,知識もないから確証できないけどさ。死因だって,白骨遺体を見ただけで私にはわからないけどね。白骨化した遺体は,まだ手付かずのまま,スターヒルにあるはずさ」
「そうでしたか。ならば,私はそのスターヒルに登ってその教皇に会わなくてはなりません」
ムウはぐっと拳を握りしめ,そしてサガの乱の後片付けの指示を出す女神の下に行き,跪いた。
「女神よ,お願いがあります。私にスターヒルに登る許可を下さい。スターヒルは教皇が星見をするための場所であり,本来ならば教皇しか登ることを許されない場所でございます。そこにサガに殺された教皇が,殺された時のまま眠っていると聞きました。サガに殺された真の教皇は私の師でもあります。なにとぞ,私にスターヒルに行く許可をください。教皇の弟子である私に,師である教皇の遺体を回収させてください」
そう言い終わると,ムウは顔を上げて女神の顔を見つめた。ムウの目には涙が溜まっていた。
(そうか,だからムウは教皇が何者かと入れ替わってたことに気がつくことが出来たのか。だから聖域の招集に応じることが出来なかったのか)
そこにいた誰しもが教皇とムウの関係に驚き,ムウの13年間の苦悩を思いやった。
聖闘士の殆どは、自分の親が誰なのかを知らない。
親のいない聖闘士にとって,師匠は親も同然の存在。その師匠が行方不明となり,探すことも出来ず,実は殺されていたことが分かってからも仇を討つことも許されず,ムウはひたすら耐えていたのかと思うと,誰もが胸が張り裂けそうな思いになった。
敵の目を欺く為に,優秀な戦闘集団というものは,末端の構成員にとって集団組織の全体像が見えにくいものとなっている。
自分の知らないことは話せない。構成員が敵に拷問を受けた時,うっかり組織のことをしゃべってしまわないようにするためである。基本的に師匠と弟子のみの関係で知識や技術は伝えられ,組織上層部に近い者でないとなかなか全体というものは分からないものとなっている。
さすがに星座をモチーフとしているので,黄金が12人いて,白銀は24人,青銅は48人いるということが分かっていても,どの星座が誰であるのかと言うことを知っているものは少ない。
平時は聖域にいる必要もなく,聖闘士は世界中に散らばっている。散らばっていた方が世界各地に眠る邪悪な神々に目を光らせることが出来るという監視の役割があるからでもある。そして聖域からの勅命は大抵はテレパシーで個人個人に命令が下る。
修業地が聖域であるものを除き,たまたま修業地が近かったり他の聖闘士と組んで任務に就いたりすることでもない限り,他の聖闘士との交流は少ない。
つまり,普段聖域にいない者については誰が誰と師弟関係にあり,誰が黄金聖闘士なのかさえ知られていないことも多かった。特に末端になるほど上層部(特に黄金聖闘士)について知らない者が多かった。サガの乱で黄金聖闘士が黄金聖衣を纏うことによって,初めて誰が黄金聖闘士なのかを知った者も多かった。
「そうだったのですか。それはぜひ行っておあげなさい。遠慮することはありません。あなたのお師匠様なのですから」
「ありがたき幸せにございます。では,失礼いたします」
ムウは女神に一礼をして,スターヒルに向かって走り出した。目からは涙が溢れていた。
「やっと,やっと,シオン様に会える」
スターヒルの頂上では,法衣とマスクを剥がされた状態の朽ち果てた師の骸が,殺された時の姿のまま転がっていた。サガは殺した教皇を全く動かすことなく放っておいたようだった。
「シオン,様……。やっと,あなた様をお迎えに来ることができました。ここに来るまで…13年もかかってしまいました」
ムウはマントを外して地面に広げ,師の亡骸を一つ一つマントの上に拾い集めた。一つ一つ抱きしめるように,師と別れてからの13年間を報告するように,丁寧に集めた。
「シオン様、これで良かったのでしょうか。あなた様を殺害したサガは自害し果てました。女神は聖域に戻ってまいりましたが,共に戦うはずだった黄金の仲間は半分になってしまいました。白銀もかなり失われました。女神を守る真の聖闘士たる少年たちが現れたとはいえ,この先、我々は来るハーデスとの聖戦を闘うことができるのでしょうか。シオン様……。不甲斐無いこの私を、どうかお許しください。試練とはいえ,私はどうすることもできぬまま,ただひたすら,この時が来るのを待つことしかできませんでした」
ムウは集めた師の骸を集め終わった後も,ずっと語り掛けていた。師の骸を前に座り込み,今まであったことをずっと語っていた。一通り語り終え,気持ちが落ち着いてから師の骸を集めたマントを肩に縛り付け,スターヒルを降りた。
スターヒルの下では心配した黄金の仲間たちが待ってくれていた。
ムウの顔はいつもの無表情に近い顔になっていたが,泣き腫らした赤い目がすべてを物語っていた。その顔に仲間の誰しもが言葉を失い,話しかけることすらできなかった。
「みんなここで待っていてくれたのか。そんな顔をするな。私ならもう大丈夫だ。一つの試練が終わっただけだ。女神も無事に聖域に戻って来られたではないか」
と言って,いつものように優雅な笑みを浮かべた。
心の内は
サガの乱が終わったことによる聖域の混乱が続く中,教皇宮の会議室でこの度の乱で亡くなった者たちの葬儀と埋葬の段取りと,青銅聖闘士たちの聖衣修復と女神護衛の打ち合わせが行われた。
聖闘士の最高位たる黄金聖闘士達は気丈に振る舞ってはいるが,誰しもが心身ともに疲れ果てているのは誰の目にも明らかだった。
このような時だからこそ,各人がずっと胸の内に秘めていた苦悩を曝け出して欲しい。そんな女神の計らいで簡素ではあるが黄金聖闘士たちを集めたささやかなお食事会が,教皇宮の小ホール開かれた。
幸いすぐに神クラスの敵が襲ってくる様子もない。今日だけは,十二宮入り口の警備を魔鈴たち白銀に任せてある。
五老峰の老師を除き,サガの乱を生き残った5人のみのお食事会である。酒類も用意された。飲まないと話せない内容もあるだろうという計らいである。
サガの野望と真実が明るみになった今、聖域にいる者たちの殆どが今だに動揺を隠し切れないでいる。今まで信じていたものは何だったのか,それは一部の黄金聖闘士とて同じことだった。頭では分かっていても,すぐに切り替えることはなかなか難しい。
それぞれ皆が胸に秘めた思いはあるとはいえ,何を一体どこから話を始めればいいのか,最初は誰も皆目見当もつかず沈黙のうちに食事会は始まった。本音を曝け出したいところなのだが,誰しもこの度のショックは大きくなかなか口を開けない。ムウとて仲間とは13年間の隔たりがあるので,うまく切り出すことが出来ないでいた。
最初の沈黙を破ったのは,酒がある程度回ってほろ酔い加減になったとき,一番心情的ショックの小さかったアルデバランだった。
「そういや,こうしてみんなが集まって食事をすることなんて,久しぶりのことじゃないか。一体何年ぶりだ?」
会話の突破口が開かれた。
「そうだな,こうしてみんなが一同に会すること自体が久しぶりだ。俺たちは基本的にそれぞれの地でバラバラに生活をしているし,たまたま勅で一緒になったり誰かの所へ遊びに行ったりすることでもない限り,会うことも少ないというかめったにないからな。それぞれ個別に会ったことがそれなりにある程度だ」
とミロが同意した。
「女神が降臨されたとき以来,13年ぶりではないかね。あの時は確か五老峰の老子を除く11人そろってのパーティだったはずだ。あの事件以降はサガは教皇に成りすましていたし,ムウはジャミールから出てこない。このような小規模の集まりすら,開けなかったはずではなかったかね」
シャカの発言にその場は一瞬凍りついたが,それはすぐに破られた。
「と…,ところで、ムウは…,教皇の正体のことをずっとを知っていたのか?」
会話が始まったことから,アイオリアは思い切ってムウに尋ねた。誰しもが一番ムウに聞きたかったことである。
今まで逆賊扱いされたアイオロスの弟であるアイオリアは今回の件で名誉が挽回された一人ではあるが,やはりその心情はムウほどではないにしろ複雑だ。
「いいや,全てのことを知っていたのではないのだがな。話せば長くなるが,そうだな,今だからこそ言おう,13年前のあの時のことを」
ムウはワインを一口飲み,ため息を一つついてから重い口調で話し始めた。言いにくいというよりも,ムウにとっては思い出したくもない辛い体験である。だが,今言わなくていつ言うのだ。今だからこそ言うべき時なのだ。
「13年前のあの時も,私はずっとジャミールにいた。そして師である教皇の小宇宙が突然消えたのを感じた。いつも師は教皇の仕事を終えた後,ジャミールの私の下へ飛んで来て修行をつけてくれていたのだ。師の小宇宙が消えたその日も,不安を感じながらずっと師を待っていたのだが……」
そう語り始めたムウの目に涙が溜まっていた。思い出すのもさぞかし辛いことだろう。当時はまだ7歳の子供である。相当な不安と寂しさを抱えていたに違いなかった。
13年前のあの時………
ムウの聖闘士としての修行はジャミールで行われていた。師が忙しい教皇の仕事の合間をぬって,時差を利用して極秘に修行が行われていた。一体いつ寝ていたのか,いくら強靭な黄金聖闘士とはいえ,老いた身には相当負担がかかっていたのではないかと思われる。
だが師は可愛い愛弟子ムウのために,牡羊座の黄金聖衣を引き継いだ後も頻繁にジャミールに来ては修行をつけていた。忙しかったり疲れていたりして,どうしても来れない時は必ず連絡をくれた。
それが突如,師の小宇宙が消えた上に何の連絡もなかったのだ。師にテレパシーを飛ばしても何の反応もなく,不安は募るばかり。そんなことが数日続いたある日,違う方向からテレパシーがきた。
「ムウよ。牡羊座のムウよ。聞こえるか。わしは天秤座の童虎じゃ。わしのことはシオンから聞いたことがあるじゃろう」
「えっ?!天秤座の童虎?は,はい。師シオンより伺っております。前聖戦を共に戦ったシオン様の友であると」
「そうじゃ,その天秤座の童虎じゃ。友の小宇宙に異変を感じてな。お主も何か感じたであろう?」
「はい…,突然,シオン様の小宇宙を感じることが出来なくなりました。いくら呼びかけても返事がありません。師の身に一体何があったのでしょうか」
「わしも驚いてずっと動向を探っておるとこじゃ。何か気付いたことがあったら,わしに相談しなさい。わしも何か気づいたら,お主に報告するからのう。シオンからは,自分の身に万が一のことがあったら,ムウのことを頼むと言われておる。遠慮する必要はないぞ」
その老師の気遣いの言葉に幼いムウは元気づけられ,勇気づけられた。そして本来の機転の良さと行動力が呼び戻された。
「はい,ありがとうございます。ですが,私はこのままここで師を待っていても何も分からないので,思い切って聖域に行ってみようかと思います。何だか…,物凄く…,とても…,とても嫌な胸騒ぎがいたします」
「そうか,わかった。何があるか分からぬ。こっそりと気をつけて行けよ」
「はい」
今日はどんなに辛くとも友の前で思い出し,真実を語らなければならぬと酒の力を借りて気を紛らわしながら語るムウである。
「何があったのかと,誰にも気付かれぬようにこっそりと聖域に来た。そして教皇宮の方から師とは違う小宇宙を感じた」
「小宇宙の違いか。真の教皇にお会いしたことが殆どない者が気づくのは,難しいことだな。真の教皇の小宇宙がどんなのかだったなんて,記憶があいまいだ」
と,ミロが納得したかのように言う。
「ああ,だから私は教皇が偽物だと気づかなかった君たちを責めることはしないし,出来るわけがない。君たちはおそらく偽教皇の小宇宙しか覚えていないだろう。真の教皇に会ったのは,黄金聖衣を賜った時を含めて数回位しかないのだから。当時教皇の小宇宙を知っている者は私と老師の他はサガとアイオロス,顔を知っている者は私と老師ぐらいだろう。そして次の事件が起きた」
「次の事件?まさかそれは」
と,アイオリアが聞く。
「そう、アイオロスによる女神暗殺未遂事件。表向きはあなたの兄のアイオロスが起こしたとされ,濡れ衣を着せられて抹殺された事件。私は女神の小宇宙がアイオロスと共に移動するのを感じ、老師と相談しながらアイオロスを追いかけた」
「なにっ!」
アイオリアは驚く。当然である。あの事件の時,ムウが兄の側にいたのかと。何か知っているのかと。
ムウがアイオロスを追いかけて聖域を飛び出し,追い付いた時にはもうアイオロスは息も絶え絶えに,ニケと赤ん坊の女神を必死に守るようにして倒れていた。
「ムウか。お前も女神を殺そうとした私を抹殺にきたのか」
「いいえ,私にはあなたが女神を抹殺どころか,必死に守っているようにしか見えません。何があったのか知りませんが,まずは傷の手当てを」
「ムウ,すまぬな。実は…,教皇が…,女神を殺そうとしていた所を……,お救いして来た……」
「教皇がっ!まさかっ!」
「ああ,だが…,あの教皇は…,教皇の正体は…。くっ」
「これ以上話さないで,傷に障ります。本当の教皇なら…,そんなことをするわけが…,ないですから……」
アイオロスは気を失ってしまったが,アイオロスの言葉から,教皇は自分の知る師ではなく何者かとすり替わっているらしいことが推測された。そしてその偽教皇が女神殺害を目論んでいると。
もう自分は聖域に近づくべきではないとムウは悟った。師が生きているのかどうかも確認出来ないままに。
「アイオロスの傷の手当をしたのだが,当時の私の力ではとても治癒出来なほどの傷でな。傷の状態から,相手はシュラだということが分かった。アフロディーテからのバラの攻撃も受けていた。だが私は…,結局アイオロスに対して何も出来ずに彼を死なせてしまった。このことについて,あなたには謝らなければならない」
ムウはアイオロスを助けられなかった悔しさと,教皇が師ではなくなっている事実を知った時の悲しさを思い出し,グラスを強く握り締め,割れた。そしてその目からは涙が零れ落ち,グラスの破片で傷ついた手から血がしたたり落ちていた。
「で,でも,ムウなりに一生懸命兄さんを救おうとしてくれたんだろう。精一杯のことをしてくれたのなら,礼を言うべきは俺の方だ。俺に謝る必要なんかない。ムウ,兄さんを助けようとしていたんだろう。ありがとう」
「まあ,確かに出来る限りのことはしたつもりなのだが,当時の私の力では本当に力不足で申し訳ない。多少なりとも治癒をし,アイオロスが一旦意識を取り戻した頃,女神の養父となる城戸光政翁が現れ,私は物陰に隠れて様子を伺うことにした」
「そこで兄さんは女神と射手座聖衣を光政翁に託したのか。ところでムウはその光政翁に接触したことがあるのか?」
とアイオリアが尋ねた。
「ああ,接触した。日本で星矢に会ったとき,射手座の聖衣が一見して本物と分からないようにカモフラージュされていたのを覚えているか?あれが出来るのは世界広しといえど,師と私しかおらん。今なら貴鬼もあれぐらいは出来るがな。聖衣が光政翁の手に渡った後は,いくら私でも接触しなければそんなことはできん」
「確かにな。でもどうやって接触したんだ」
「相手の精神や記憶を操作することなど造作も無いこと。ましてや相手は一般人だ。女神と射手座聖衣の存在を聖域から隠し,女神を無事に育てて頂かねばならぬからな。自分を大人に見せかける幻惑を施して信用させたり,聖域からの目を誤魔化すためにニケと射手座聖衣を加工したり,光政翁に動いてもらうために聖闘士や聖衣の知識を吹き込んだりすることなど朝飯前だ。それを基に光政翁が財団の力で独自に調べあげ、動いてくれた部分もかなりある」
さすが腹黒羊だとその場にいた誰しもが思った。当時7歳にして,この状況で,この頭の回転力とこの策略家ぶりには舌を巻くばかりである。この時ムウがとった行動は,老師と相談しながらなどと言っているが,実際のところは老師の出す条件に合わせてムウが提案を出し,それに老師が承認を与えるような形だ。殆どムウの策だと言って良い。
「でも…,でも…,俺はその一連のことを知りたかった。分かっていれば13年間も逆賊の弟として辛酸を嘗めずに済んだのかもしれないし,少なくとも逆賊と思われていても自分自身は,その中でももっと誇りを持って生きられたかもしれないではないか」
アイオリアはテーブルをドンと拳で叩いて目を伏せた。
「ほう,だが日本で星矢と女神に会って真実を知り,早々に偽教皇のもとに乗り込んで幻朧魔皇拳を食らったのはどこのどいつだったかね。あなたのことだ,兄弟揃って逆賊扱いされていたのかもしれんぞ」
「うっ」
シャカの言葉にアイオリアは言葉を失って項垂れてしまった。偽教皇にシャカと千日戦争になりかけた隙を狙われたとはいえ,事実である。考えもなしに先に行動してしまうのがこの男。ましてや子供時代に乗り込めば,返り討ちに会うのは目に見えていた。
「失ってしまった命も多かったかもしれんが,ムウが真実を黙っていたことで,少なくともアイオリア,あなたは救われたのではないかね」
「ううっ」
シャカはさらに言葉を続け,アイオリアはさらにうな垂れた。
「そうだアイオリア,今度アイオロスの墓を案内しよう。アイオロスが倒れた場所に光政翁が簡素な墓を建ててくれたのだ。一緒にこの度のことを報告し行こうではないか」
落ち込むアイオリアを見かねて,ムウは思い出したかのように言った。
「本当か!ムウ!兄さんの墓あるのか。行こう,兄さんの墓参りに」
ムウが師の遺体に会えなかったと同様に,アイオリアもまた13年間兄に会っていなかった。
「ああ。私は毎年命日には行っているが,弟のあなたが行けばアイオロスもきっと喜ぶだろう」
兄の墓があり,ムウが毎年墓参りに行ってくれているということがアイオリアには嬉しかった。適わぬことだという事情は分かるが,もっと早く墓の存在を教えて欲しかったと思った。
アイオロスの名誉が挽回されたこともあり,墓参りの際遺骨を掘り出し,栄誉ある聖域の聖闘士たちが眠る墓場に墓を移そうという話にまで発展した。
「光政翁が女神を無事に日本に連れて帰り養育をはじめたことを見届けてから,改めて老師に報告に行った。そしてこれは女神に与えられた試練だと再三仰られてな。時を待てと。誰にも言うなと」
それに対し,シャカが先回りして応えた。
「女神が成長され,覚醒してことが動き出すまで沈黙しろと。懸命な判断だな。前聖戦の生き残りである老師と,唯一の修復師である君に刺客を送るなど,偽教皇にとって疑惑の材料にしかならないから手も足も出まい。君らが沈黙している限り」
「ああ。それに,もし仮に君たちの誰かに言ったとして,変に行動を起こされて,君たちまでもが巻き込まれて命を落とすことになるかもしれぬと思えば,これ以上の犠牲は出したくなかった。だから,老師の言葉に従うことにした。ま,こうしていつか真の女神が目覚め,皆に真実を全て語れる日が来るという希望だけを頼りに,ジャミールで生きてきた。沈黙を貫き通すのも辛かったが,それよりも友の命が失われることの方がもっと辛いだろうと思ったからな」
ムウとシャカ,聡明な2人の論理的な説明会話がしばらく続いた。他の者は話について行くのがやっとであるか,全くついて行けてなかったのだが,当時のムウの判断が賢明な選択であったことだけは理解した。
教皇の正体
「そういや確かムウが偽教皇はサガだと気づいたのは,星矢たちが双児宮に行ったときだったな」
と,小難しい話に頭が痛くなってきたアルデバランが話の方向性を変えようと,思い出したかのように聞いた。
「ああそうだ。サガが正体を現したときに言ったと思うが,それまで偽者だとわかっていても正体までは知らなかった。サガはアイオロスの事件の前に行方不明になっていたと聞いていたからな」
「誰もいないはずの宮からあの異常な小宇宙。あれには驚いた」
と,ミロが言う。
「ああ,あれで確信した。サガは生きていた,教皇になりすまして。そして最後に青銅達が偽教皇に相対し,正体が露わになり,全てのことが明らかになった。私自身が13年間抱いていた最後の謎が明らかになった瞬間だった」
「それにしても,偽教皇のサガからは悪の欠片も見られなかったのにな」
と,グラスを片手に遠くを眺めるようにしてシャカは言う。
「君の見立ては間違ってないさ。サガは少なくともこの13年間聖域をうまくまとめ上げてきたのだろう。時々悪の心が表に出てくることはあっても,基本的には善の心で物事に対処してきたのではないのか。尤も,聖域にいなかった私が言えるようなことではないが」
ムウはジャミールの地で独り聖域に反目しながらも,聖域の動向は常に探って来た。直接的な勅命は受けずとも,地上の正義のためと判断できるものに限り,この席にいる友を陰ながらサポートしてきた自負もある。修復師として,女神の黄金聖闘士として。
この段階になると,ムウの酒の飲み方がグラスからではなく,ボトルから直接のラッパ飲みになっていた。いつもの礼儀正しく優雅なムウの姿はもはやそこにはなかった。
「それはそうなのだが,どうも自分自身が納得出来なくてな」
人の本質を瞬時に見極めるシャカである。サガの本質である善の心と同時に、奥に眠る悪の心を見抜けなかった自分が気に入らないのだ。
善の心しか見せないサガに何の疑いも持たなかったのならまだしも,アイオリアが偽教皇に詰め寄り,シャカがアイオリアと対峙した時のサガは邪悪な心が表に出ていたのだ。それにも関わらず,全く見抜けなかっのだ。
シャカは見抜けなかったばかりか,そんな偽教皇を守ろうとさえしていた。それが尚更悔しく,自信を失っているのだ。
「まあ細かいことは気にすんな。7年前のティターン神族との戦いでは,偽教皇は確かに正義だったろ。そう思い詰めるなって,シャカらしくないぞ」
と言って,かなり酔いの回ったミロが絡みつくかのようにシャカの肩を叩いて慰める。
「それは…,そうなのだがね」
シャカは囁きながら,グラスを揺らしてワインを飲む。神に最も近いと言われているシャカであるが,やはり人間。人間である以上,間違いを犯してしまったということなのだろうか。シャカにしては珍しくふさぎ込む。
「ずっと教皇に成りすましてきたとはいえな。結局のところ根っこの部分は女神の聖闘士であり,正義の心を持ってたのではないか。『本当は正義のために戦いたかった』とサガが最期に言っていた。そう深く考えることもあるまい。人は誰しも善と悪の両方の心を持っているのだ。サガはその振れ幅がとてつもなく大きかった上に,悪の心に傾いてしまわないようにするために必要な精神力が弱かった。それ故次期教皇に選ばれなかったばかりか,精神的な弱さから悪の心に負けてしまった。それだけのことではないか」
とムウは応えてその場で寝てしまった。
本当はムウ自身も13年間苦悩し続けたあろうに,自分のことは棚に上げて『一番苦しんだのはサガ』と言ってしまう人である。優しいのか,それともそのような感情はとっくに捨ててしまっているのか,気付いていないだけなのか。だがスターヒルから降りてきたムウの泣き腫らした目は,確かに13年間の苦悩を物語っていたようにシャカには感じられた。
「やはりスッキリしないな。君といい,サガといい。君の考えは分かるが,深層にある君の本当の気持ちはどうなのだ。だが今日のところはここまでか。次の機会に聞くことにしよう。天駆ける黄金の羊の神話の如く最後は生贄になる,君にはそんな必要はないはずだ」
と,寝てしまったムウを見ながら、シャカはグラスに残ったワインを一気に飲み干し呟いた。
もう誰もが酔い潰れてまともな話が出来なくなっていた。特にムウの酔い方は酷く,ボトルを片手に寝てしまっている。それだけ苦悩していたということなのだろうか。飲んでこれまでの苦悩を忘れてしまいたいのか。
だがようやく,13年もの間友にも言えずひた隠しにしてきた秘密を打ち明けることが出来たスッキリした感情が,そこには同居しているようであった。そのことに気づいたシャカは少しばかり安堵した。
日付が変わる頃、宴はお開きとなり、全員教皇宮の宿直室でその日は休むこととなった。この日は誰もが自分の宿舎まで帰れそうになかった。
コメント
コメント一覧 (1件)
「当時7歳にして,この状況で,この頭の回転力とこの策略家ぶりには舌を巻くばかりである。この時ムウがとった行動は,老師と相談しながらなどと言っているが,実際のところは老師の出す条件に合わせてムウが提案を出し,それに老師が承認を与えるような形だ。殆どムウの策だと言って良い。」
これはまったく当てはまりません。ムウは完全に教師の策略に従っています。オリジンをお読みください。
「聡明な2人の論理的な説明会話がしばらく続いた」
聡明なデスマスクもこの理論的説明に参加できます……彼がまだ生きているなら。