水瓶の氷解

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

サガの乱を水瓶視点+蠍視点で書いてみました。

原作より

  • 私闘を繰り広げる青銅聖闘士抹殺に氷河を派遣
  • カミュなりに聖域に不信感を抱いていた
  • カミュが氷河の母の眠る船を海溝に沈めた
  • カミュとミロは親友?

等々

を反映させたつもりです。

本編

水瓶座のカミュの下に、聖域から勅令が下った。

“聖闘士の掟を破り、日本で私闘を行おうとしている青銅聖闘士たちを抹殺せよ。抹殺には白鳥座を向かわせよ。白鳥座の聖衣は,永久氷壁の中にある”

氷河に自分の兄弟たちを殺してこいということか。グラード財団から銀河戦争の話を持ちかけられた際、招待状が届けられているのは自分の兄弟たちであるという趣旨のことを氷河から聞いた。

銀河戦争に関しては、聖域とは違う何か意図的なものを感じなくもなかったが、私的なものであるという理由で断ることもできただろう。しかし今回は聖域からの勅令である。断ることは出来ない。銀河戦争への締切にはまだ間に合う。

これに氷河を参加させるべきか否か。

どんなことにも惑わされずに常に永久氷壁の如くクールに徹し、自分の役割を果たすことを常々教えているが、まだ精神的に未熟な氷河がこの勅令をまともに執行出来るとは思えない。その甘さが氷河の命取りとなる恐れが大いにありうる。

しかしこれもまた氷河にクールに徹することを教える良い機会なのかもしれぬ。

兄弟たちを討たなければならぬことは心苦しいことではあるが、これもまた修行。氷河を銀河戦争に向かわせることにした。聖域からの書状は,ヤコフから氷河に渡すように頼んだ。

クールになりきれず兄弟を討つことができないばかりか同調してしまった場合、聖域から課せられる制裁のリスクは黄金聖闘士であるカミュはよく理解している。もしそうなった場合は、師である自分が氷河を処分しなければならないことも想定しなければならないことである。

嫌な予感しかしない。

だがカミュにとって、聖域の命令であらば何があろうと拒否することは出来なかった。

カミュは一抹の不安を抱えながらも氷河を兄弟討伐に向かわせることにした。聖闘士としてはまだ甘さが残るが、氷河自身がまだ気づいていない、氷河の強さを信じて。

ミロの訪れ

久しぶりにミロがシベリアまで遊びに来た。

普段はそれぞれの地で生活をしており、勅令があっても黄金聖闘士となると単独が多いため、黄金聖闘士同士が会うことは滅多にない。しかしカミュとミロは古くからの親友で、ちょくちょくお互いの地へ遊びに行くことがよくあった。

黄金聖闘士とはいえ一人の人間であり、それなりに悩みや不平不満がある。友達と遊びたい盛りの普通の若者でもある。勅の前後など、聖域や勅に関する愚痴や疑問をお互いによく言い合っていた。ここシベリアは聖域から遠く離れているので、ミロス島に比べて愚痴などは言いやすい環境にあるのだ。シベリアに来たときは特に愚痴や不平不満の言い合いに花が咲く。

ミロはアイオリアと共に最近教皇に呼び出しを受けていた。ミロなりに引っかかることがあったらしく、そこで下された勅令の内容とその時の様子をカミュに愚痴りに来たのだ。

いつも通り、ロシアにしてはややおしゃれな街の、若者らしいおしゃれな行きつけの茶店でおしゃべりを始めた。

「ついこの前、教皇に呼び出されて、教皇の御前に行ったんだ。そしたらアイオリアもいてな。黄金が2人も同時に呼び出されることなんて、滅多に無いことだから驚いたよ」

ミロはロシアンティーのアプリコットを舐めながら話し始めた。

「へぇ、それは珍しいな。黄金が2人も出向かなければならないとは、相手は黄金クラス相手の討伐か?」

「カミュ、お前には言いにくいことなんだが、相手は青銅だっていうんだ。その中にお前の弟子の白鳥座の氷河が含まれているらしい。教皇が『最初は討伐に白鳥座を向かわせたが、ミイラ取りがミイラになった』と言ってた。そして白銀10人を討伐に向かわせたが、その白銀が青銅5人にやられたのだとか」

「それで次は黄金の出番か」

「おまえ、意外と驚かないんだな。弟子の氷河が標的になっているというのに」

「氷河を向かわせる時、ある程度こうなることは覚悟はしていた」

「フッ、そうか。おまえらしい」

そう言いつつも、カミュとは長年の付き合いであるミロは、カミュの無表情の下にある激しい動揺と同時にある覚悟を見抜いていた。

カミュは自分の職務に対し実に忠実に確実にこなす。それが地上の正義のために正しいことなのか思い悩むことがないこともないのだが、基本的にどんなことがあっても職務に忠実だ。悪く言えば、永久氷壁の如く頑固で融通が利かない。それが聖闘士としてのカミュの良い所でもあり悪い所でもある。

ミロはそんなカミュが氷河と対峙しなければならなかった時どうするのか、ある程度の予測は出来ていた。決して、何も考えずに命令に従っているのではないのだが。

「反逆者の弟と言われるアイオリアが日本にいるペガサスを討ちに派遣されることになった。教皇はもしアイオリアが返り討ちにあっても都合がいいとかおっしゃられてな。どうも腑に落ちん。最近教皇に対する不信感が募っているし、俺には教皇のお考えが全く分からん。周囲の村々には神のようなお人だと慕われているが、最近教皇の側近の死体が見つかることがある。教皇の秘密を見てしまったからに違いないともっぱらの噂だ。聖域に呼び出される機会も増えた。俺たち黄金全員に招集がかかるのも時間の問題かもな」

教皇に対する不信感が日に日に高まっていることはカミュも感じていることである。長年教皇にお仕えしている古株の従者の中には、「教皇は昔と比べてすっかり変わられた。昔のことを知っている人は殆どいないから、誰も納得してくれない。あなた方は今の教皇様しか知らないのだろうけど」なんて言う者もいる。

女神の聖闘士は、女神の地上代行者である教皇の命令を忠実に実行しなければならない。聖闘士の模範となるべき黄金聖闘士の役目でもある。

もし、聖域に歯向かう態度を見せる氷河たち青銅聖闘士が聖域に乗り込んできた場合、黄金聖闘士たちは青銅聖闘士たちと闘わなければならなくなるのだ。

「その時は、氷河と対峙しなければならぬのかな」

「そうかもな。だが、もしそうなったとき、カミュ、お前ならどうする?弟子思いのお前のことだ」

「あいつは情に流されやすい。そんな未熟な氷河が戦いに巻き込まれたところで死ぬのが目に見えている。だから戦いに巻き込みたくないのが本音だ。だが氷河が聖闘士であるかぎり、戦いの場に送り込むのもまた師匠の役目。その時は氷河の未熟さの原因となるものを、師である私自身が断ち切った上で戦場に送り込むのが師としての私の務めだと思っている。氷河を戦いの場に導きつつも、戦いの中で死なせたくはない。こんなこと、全く矛盾していることだがな」

カミュは頬杖を突き、大きくため息をつき、遠くを見つめながら紅茶を飲み干した。ミロはそんなカミュをじっと見ていた。カミュはかなり思い詰めている様子だ。こうなってしまったカミュは、親友のミロとてどうしようもできない。カミュの想いを手助けをしてやることぐらいしかできないのだ。

「氷河を戦いの中で死なせたくはない。他の者に倒されるぐらいなら、自分が氷河を……。出来ることなら、師を超えた先に行って欲しい。いろいろな意味で」

「カミュ……、一人でそんなに思い詰めるなよ。俺がいるじゃないか。俺の直接的な弟子ではないが、幼い頃から訓練の相手を軽くしてやったこともあるではないか。俺に出来ることがあれば、手を貸すぞ」

「ありがとう、ミロ」

SANCTUARY

聖域から黄金聖闘士全員に招集命令が届いた。女神を名乗る城戸沙織がついに聖域に乗り込むらしい。

「いよいよか……。」

カミュは氷河に思いを巡らす。

氷河はシベリアの遙か東、氷河の母が眠る船が沈む海までヤコフと共に犬ぞりに乗って来ていた。いつもは流氷に覆われているだけだが今年は寒さが厳しく、流氷などではなく完全に海面が凍り付いている。

今日は氷河の母の命日であり、海中に眠る母に花束を手向けに来たのだ。聖闘士になった氷河は月命日には必ず母に会いに来ていた、そして命日である今日もまた母に会いに来た。

氷河にとって女神など関係ない。母を守りながら静かに暮らすことが望みなのだ。だがそんなことでは、女神の聖闘士としてこの先に起こるであろう聖戦を戦うことなどできない。

女神がいる限り聖闘士に安息の日々などないのだ。

「氷河…、時局は切迫してきているというのに…、相も変わらず死んだ母親へ花を手向けに行っているとは……。その唯一のお前の弱点を今から断ち切ってやる。この師自ら!!」

カミュは念動力と拳を用いて局所的な海底地震のようなものを引き起こし、氷河の母の眠る船を海溝奥深くへと沈めた。氷河を戦いの場へ引きずり出すため、氷河が海から上がってくるであろう氷上にSANCTUARYの文字を残し、カミュは聖域へと飛んだ。

聖闘士としての氷河を信じるのであれば、必ず氷河は聖域に来る。その時……、私は……。

天秤宮へ

女神御一行様が聖域に到着し、女神が矢座の矢によって倒れ、青銅聖闘士たちが十二宮を登り始めた。青銅聖闘士たちが十二宮を登っていることを確認したカミュは、自らが守護する宝瓶宮を後にし、階段を降り始めた。

本来であれば、自分の持ち場を離れることなど許されることではない。

磨羯宮にいるシュラは、カミュらしくない職務放棄ともとれる行動に驚いたが、

「あいつらが来るまでまだ時間がある。ミロとちょっと話をしてくる」

の一言ですんなりと通してくれた。天蠍宮にいるミロは、さすがに説得を要するだろう。

「カミュ、どこへ行くつもりだ?お前の宮はずっと上だろう」

「ああ、だが私は天秤宮に行きたい。そこで氷河を待ち伏せる。通してくれ」

「なにも天秤宮まで赴かなくても、宝瓶宮で待っていれば良いだろう」

「そうかもしれぬ。だが、その前に私は氷河だけと相対したいのだ。今、氷河は白羊宮で聖衣の修復が終わるのを待っている。だがこの先の双児宮の聖闘士は……、長年不在でありいるのかどうか分からないが、もしいれば異次元技の使い手。巨蟹宮は相手を冥界送りにする使い手。おそらく青銅聖闘士たちが異次元か冥界に送りされたる。その隙に、氷河だけを天秤宮に連れ出す。あそこは事実上無人の宮だから問題あるまい」

十二宮は女神の結界が張られているため、基本的に宮と宮の間はムウですらテレポートすることは出来ない。だが異次元を介す方法で宮を飛び越えることが出来る裏技があるのだ。

その方法で氷河だけを天秤宮に連れ込むらしい。

黄金聖闘士にもやはりその能力に得手不得手はあり、自らの技とはしていないものの、念動力や異次元を操ることぐらいは黄金聖闘士であればある程度はできる。カミュは凍気を自分の特異技としているが、念動力もムウに遠く及ばないとしても船を海溝に沈めるくらいは扱えるし、異次元、幻覚もそれなりに操ることができるのだ。

だから、異次元や冥界に飛ばされた者を1人ぐらいなら引き戻すことぐらいならできる。

「そうは言っても、氷河だけを連れ出してどうするつもりだ」

「師匠として、氷河を……、真の聖闘士として教え導く。ここに来る前に、氷河の母が眠る船を海溝深くに沈め、母親への執着を強引に断ち切ってきた。それでもまだ、氷河が真の聖闘士となるべくにはまだまだ甘さが残る。未だにその氷河の甘さが抜けないのであれば、力尽くでも氷河をこの戦いから戦線離脱させる。それだけのことだ!」

「カミュ……」

並々ならぬ覚悟を決めた険しいカミュの表情を見たミロは、石段を降りるカミュの背中を黙って見送るしかなかった。弟子を持たないミロは師匠としてのカミュの気持ちが時々わからなくなることがあるが、カミュの師匠としての責任感と自負を信用して天蠍宮を通した。

ただそこには……、氷河の師匠としてのカミュはいるが、聖域に仕える女神の聖闘士としてのカミュはいなかった。ミロは、カミュが言っている氷河の甘さの正体をうっすらと感じていた。

(私にもし万が一のことがあったら、氷河を……、頼む……)

カミュの心の囁きが聞こえた気がした。

天秤宮

双児宮までたどり着いた青銅聖闘士たちは、そこには存在しないはずの双子座の聖闘士によって異次元に飛ばされた。

氷河の小宇宙が異次元に飛ばされるのを感じたカミュは、すかさず氷河を異次元から天秤宮へと落とした。

「あ…あなたは、あなたは私の師、水瓶座のカミュ。なぜあなたがここに……?」

「そうだ、久しぶりだな、氷河よ」

ここは宝瓶宮ではなく、天秤宮。このまま先に進んだとして未熟者の氷河はどこかで必ず殺されてしまうだろう。だがそうなる前に、師匠であるカミュ自らの手で葬り去ってやることが、カミュの聖域に対するけじめの一つである。

他の聖闘士にやられるぐらいなら、自らの手で葬ってやりたいと考えている。それと同時に、氷河の師匠に対する甘さも断ち切ることをカミュは考えている。

氷河は母親への執着と同様に、師匠に対してもある種の執着をしている。両親の顔も知らぬ孤児出身の聖闘士が多い中、氷河は珍しく父親の顔も母親の顔も知っている。そしておそらく氷河は母親の愛情をたっぷり受けて幼少期を過ごすことが出来たのだが、その母親は子供を助けて自ら死を選んび、愛する子供の目の前で海へと沈んでいった。そして初めて会った父親は氷河を冷たくあしらった。

そのトラウマが歪んだ形で母親への異常な執着となっていったのだ。

その歪んだ母親への愛情を抱いているところへ、カミュが師匠として割り込んだ。その歪んだ思いが双方に影響を与え、この二人の師弟愛へとつながっているのだ。

「師である私の命令だ。これ以上進むな。死にたくなければここで止まれ、氷河…」

「残念ながら、師のお言葉でも従うわけにはいきません……」

「こい、氷河。進むためにはこの私を倒さねばならないのだぞ」

「う……、それもできません……。師であるあなたに拳を向けることは……」

「フッ、相変わらず乳臭さの抜けんやつよ。母親の遺体の眠る船を海溝に落としてやってもまだ抜けんとは」

氷河は母親の船を海溝深くに沈めたのが師であると分かり、怒りに震えた。怒りを力に変えることは出来るのかもしれないが、そのような気持ちではセブンセンシズに目覚めることは出来ぬ。怒りの先にあるものに気づき、目覚めなければ。そのような甘い考えがある者は、戦いの中で死ぬしかないのだ。

氷河は師の放ったオーロラエクスキューションをまともに食らい、倒れた。

生物の遺体と言うものは、そのままにしておくとやがて朽ち果てる。特に暑いギリシアでは、すぐに腐敗してしまい、運よく乾燥した季節であったならばそのままミイラになるだけだ。氷河はまだ完全に死んではいないが、可愛い愛弟子をの姿をそのままとどめたく、氷の棺の中に閉じ込めた。この氷は決して解けることがない。黄金聖闘士数人がかりでも壊れることはない。

いつか何らかの方法でこの氷の棺が壊れたとき、氷河は仮死状態から蘇る。クマムシのように。

氷河に甘さが残っている以上、こうして戦線離脱させることが、師匠として弟子に対する愛情であり、せめてもの情けである。

「さらば、氷河よ……」

カミュは一筋の涙を流し、踵を返して宝瓶宮へ戻る石段を登り始めた。

天蠍宮を通り過ぎるとき、

「氷河を氷の棺に閉じ込めてきた。相も変わらず惰弱なやつよ」

とミロと目を合わせることなく、俯いたまますれ違いざまに一言呟いただけで、石段を登り去って行った。ミロに泣き顔を見られないために。

「カミュ……」
ミロは泣き震えながら去って行くカミュを静かに見つめた。

氷河の復活とミロとの闘い

だがそんなカミュの期待を裏切ることが起こってしまった。天秤宮に天秤座の聖衣が飛んできたのだ。そして、黄金聖闘士数人がかりでも壊れないはずの氷の棺が、天秤座に備わっている剣によって砕かれた。体が冷え切って仮死状態の氷河は瞬の小宇宙によって蘇った。

氷河は気を失っている瞬を抱きかかえ、天蠍宮へと向かった。

「瞬は凍り付いていた俺の体に熱い生命を吹き込んでくれた……。いや、それ以上に凍てついていた俺の魂に熱き心を甦らせてくれた…。立てよ、二人とも、そしてみんなで教皇の間まで乗り込むんだ!!」

氷河はミロの攻撃により床に倒れていた星矢と紫龍に言った。

「夢だな。所詮お前たちが教皇の間までたどり着くことなど、所詮は夢だというのだ」

「どんな夢だって信じて貫けば、必ず現実のものになるのだ!!」

ミロは、氷河がカミュに弟子入りをした時から知っている。氷河もまた、師匠のところへ時々遊びに来るミロのことを知っている。

氷河にとって、ミロはシベリアに遊びに来たときたまに鍛錬の相手を軽くしてくれたことがある優しいお兄さんの印象しかない。だが、今は訓練などではなく命を懸けた本気の勝負をする。

天蠍宮を通してもらうために、ミロに男として認めてもらうために。

だが黄金聖闘士のミロと青銅聖闘士の氷河の実力差はあまりにもありすぎた。氷河の凍気がミロには全く効いていない。その一方でミロの放つスカーレットニードルにより氷河の五感は徐々に失われていく。

黄金相手に最初から無謀な闘いを挑んでいるのだから、勝てる見込みなど端から無いも同然である。しかしそういった状況でも星矢や紫龍は奇跡を起こし、黄金に勝利した。氷河も五感を失うという極限状態に追い込まれながらも、なんとしても勝つ方法を考える。いったいどうすればいい……。

「なんだ、これは!!両足が床に凍り付いている!!バ…バカな。一体いつの間に!?」

「い…一体何度ダイヤモンドダストを打ったと思っている。伊達に打っていたわけじゃないんだぞ。最後の一発は俺が打たしてもらう!受けろ、ミロ!これがキグナス最大の拳!!」

だが、五感が薄れた状態で打った拳はミロに何のダメージも与えていないばかりか、氷河の体はスカーレットニードルを受けた箇所から血を吹き出し、さらに五感は失われていった。だがそれでも氷河はミロに立ち向かっていった。

ミロの本心は、カミュの弟子である氷河と戦いたくない。カミュの気持ちを考えればこそ戦いたくない一方で、カミュの親友であるからこそ,他の黄金ではなく自分が氷河と戦うべきではないかという気持ちが葛藤する。カミュの気持ちが痛いほど分かるからこそ、つい本音を漏らしてしまった。

ミロとカミュ

「わからず屋め。おまえにはカミュの気持ちが分からんのか!カミュがわざわざ天秤宮まで出向いていってお前を氷の棺に閉じ込めたのは、お前を死なせたくなかったからだ。お前を戦いから外してくれたのだぞ…。カミュに免じて命だけは助けてやる」

「そ…それこそカミュ同様に余計なお世話ということだ、ミロよ。兄弟たちが必死で戦っている中、生き延びんがための眠りなどついていられるか。それが何になる!この命尽きるまで戦いはやめん!」

「カミュ、聞いたか。俺は今から全力をもって氷河に止めを刺す!それは俺が氷河を認めたからだ!よいな、カミュ!!」

カミュはミロに感謝した。

ミロと戦う中で氷河の甘さがまた一つ抜け、真の聖闘士に近づくことが出来たことを、氷河のが自分の強さの一端に気が付くことが出来たことを。

それを行ったのが親友のミロであったこともカミュにはまた嬉しかった。もし氷河に止めを刺すのがミロであったのなら、カミュは後悔はしないし、友に感謝するつもりである。

氷河が十二宮を進んでも、いずれかの黄金聖闘士に倒されるであろうと思っていたが、少なくとも天蠍宮にまでは進んだ。もし氷河を倒すのが親友ミロであったなら……、双方ともに辛くなるかもしれないと考えていた。

しかし、ミロが氷河を男として認め、全力でぶつかってくれるのであれば、きっとそこに辛さは残らない。

一撃

氷河はスカーレットニードル15発のうちの14発までをすでに撃ち込まれている。次に撃たれたときは死を意味する。ミロにとって次の1撃は最後の1発を意味する。

氷河にとって、次を撃ち込まれたら死を意味するが、打ち込む隙を狙って攻撃を与えることが出来たのであれば、勝利の可能性が見えてくる。光速の動きを持つ黄金相手に青銅が攻撃を打ち込むことなど奇跡に等しい。だが、女神のため、友のために前へ進まねばならぬのだ。

一瞬で良い。

ミロの小宇宙を超えるのだ。

「さらば、友よ!!」

氷河の小宇宙が弾け、倒れた。 だが、氷河はミロが1発を撃ち込む間に、蠍座の15の星命点を撃ちこんでいたのだ。

まさに奇跡と言うべきものが起きた。

黄金聖衣のもつ寒耐性によりミロは守られていたが、黄金の聖衣でなければミロの方が先に死んでいた。このような奇跡は女神の加護を受ける真の女神の聖闘士でなければ考えられない。ほんの一瞬、ミロの小宇宙を超えることが出来たのだ。

纏っている聖衣の差でミロは無傷で済んだ。

ミロはたとえ一瞬でも氷河の小宇宙が自分を超えたことに対し、男として負けを認めた。

前へ

ミロは激しく動揺する。そして、氷河は最後のアンタレスまで打ち込まれ瀕死の状態であるにもかかわらず、這いずりながらも天蠍宮の出口へと向かおうとしている。

「その数分の命を、あくまでも全身のために進むのか、氷河よ……」

ミロは氷河の姿に心を打たれた。

これほどまでに必死に進もうということは、青銅聖闘士たちが必死に戦って助けようとしている小娘がやはり真の女神なのか。だとしたら、俺たちはいったい何のために戦っているのか。

黄金聖闘士も、女神の聖闘士のはずだ。女神のために戦うのが聖闘士の役目だろう。

女神の聖闘士同士が戦わなければならないこの戦いの意味は、いったい何なんだ?

ミロに教皇に対する疑念が強まり、城戸沙織という小娘が真の女神ではないかということを思い始めた。だが今はまだ、確信することは出来ない。その確信を得るためには……。

ミロは氷河の真央点を突き、出血を止めた。

「見たくなったからよ。この戦いの行方を……」

一体何が正しくて、何が正しくないのか。全ての答えはこの戦いで判明する。

師弟対決

カミュは城戸沙織が本物の女神であるということにすでに気づいていた。

どの時点で気づいたのかと言うことは明確ではないが、青銅聖闘士たちが宝瓶宮に来る頃には間違いなく確信していた。

しかしこの戦いが何のための戦いであるかなど、カミュにとってはどうでも良かった。動き出してしまった流れを変えることも止めることも、カミュには出来ない。

一度戦いが始まったのならば、途中で節を曲げることなく最後までクールに徹し、戦いが始まったときの立場で最後まで戦い抜くこと。

それがカミュの信念である。カミュは自分の立場を途中で変えることは出来ないのだ。教皇側として戦い始めた以上……。

その条件下で、カミュが女神のために出来ること……、氷河を女神の真の聖闘士として立派に育て上げることが、カミュにとって聖域に反抗し女神のためにできる数少ないことなのかもしれない。

氷河が自分との戦いの中で師の小宇宙を超えた場合、その時自分はどうなっているのか、すべては覚悟の上だ。

宝瓶宮

青銅聖闘士たちが宝瓶宮まで辿り着いた。ここまで辿り着くと言うだけでも奇跡に近いことだ。女神の加護のなせる業である。

「ここは師のカミュと俺だけにしてもらいたい。誰にも邪魔されたくない。あなたから授かったものをすべてぶつけ、カミュ、あなたを倒すことだ!!」

「氷河……、私はな……。いや……、もはや何も言うまい……。来いっ!氷河!!」」

残されたもの

(カミュ……、逝ったのか……。)

ミロはカミュの小宇宙が弾け飛び、消えたのを感じた。

通常とは違う弾け方と消え方……、それは「死」を意味するもの。ミロは友の死に対し直ぐにでも慟哭したかったが、今はまだ慟哭できなかった。

まだ戦いは続いているのだ。

聖闘士たるもの、戦場での友の死にいちいち慟哭していたのでは自分までもが戦いの中で死んでしまう危険性がある。泣くのは全てを終えてから、そう教えられてきている。

この戦いの意味するものをすべて見届けてから、ミロはカミュのために涙を流そうと誓った。

そしてカミュの遺した氷河の面倒をカミュに代わって見守って行くことを、亡きカミュに心の中で伝えた。自分が氷河の後見人となることは、きっとカミュも認めてくれるはず。否、願っているはず。

一連のカミュの言動は、氷河のことを自分に託していたのではないかとすらミロは思った。

状況を分かっていても戦いの途中で立場を変えることが出来ないのが、カミュと言う男。敵味方に分かれてしまった以上、氷河を氷の棺に閉じ込めるなりして強制的に戦線離脱させない限り、氷河かカミュのどちらかが死ぬまで戦い抜かなければならぬ。それがカミュの信念。      

カミュは師として、氷河をセブンセンシズにまで導いた。カミュですら到達できなかった絶対零度の凍気までも身に着けさせた。

カミュは自らの命を賭して……、氷河を真の女神の聖闘士として導いた……。カミュは氷河に対し、恐らく本気で戦ってはいなかった。

すべては女神のために、氷河を真の女神の聖闘士として完成させるために、自ら礎となる道を選んだ。カミュが本気で戦っていれば、間違いなくカミュの方が勝っていたに違いなかった。

(カミュ、氷河のことは、俺に任せておけ……)
ミロは心の中で涙した。

闘いは終わった

青銅たちが教皇の間まで辿り着き、ムウから教皇の正体のことを聞かされ、それに合わせるかのように教皇が正体を現した。

やはり俺たちはずっと騙されていたのか。俺たちは、女神と青銅聖闘士たちの勝利を信じて、この戦いの行く末を見守ることしかできないのか。偽教皇と戦っている青銅聖闘士たちに加勢して戦うことが許されないのか。

天が女神に与えた試練とはいえ、あんまりだ!

黄金聖闘士なのに、女神の聖闘士なのに、なんと不甲斐無いことよ、なんと情けないことよ。

最終的に教皇に成りすましていた双子座のサガは自害し、聖域から邪悪は消えた。サガに加担していた黄金聖闘士もこの戦いで青銅に破れ、消え去った。女神の勝利に聖域は歓喜に沸いた。

今は……、皆と一緒に女神の聖域帰還を歓喜しよう。親友の死を悲しむことは、この後だ。生き残った他の黄金の仲間たちも同じことを思っているに違いなかった。

天蠍宮の階段を降り始めた。

白羊宮に、生き残った黄金の仲間たちが集まってきている。

「挨拶に行こう。女神様がお待ちかねだ。いろいろ話したいこともあるだろうが、13年間の苦労話は、この後いくらでも出来る」

十二宮の最後の階段を下りた。

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