獅子の遠吠え

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

サガの乱を獅子視点で書いてみました。

原作より

  • 逆賊の弟として辛酸をなめている
  • カシオスは幻朧魔皇拳をアイオリアが受けたことを知っている
  • 星矢のことをよく知っている

等々

を反映させたつもりです。

本編

黄金の獅子の誕生

「兄ちゃん!俺、獅子座の黄金聖闘士になれたよ!」

アイオリアは、試合の模様をコロッセオの観客席で静かに見守っていた兄の下へ喜び勇んで駆けて行き、兄の胸に飛び込んだ。

兄のアイオロスは傷だらけになりながらも勝利し、満面の笑みを浮かべた弟をがっしりと、しかし温かく抱きとめた。聖闘士認定試合の前に、兄と1か月にわたって猛特訓した日々を思い出していた。

ただの猛特訓ではない。セブンセンシズに目覚めるための特訓だ。セブンセンシズに目覚めなければ、兄と肩を並べることはできない。

兄と肩を並べたくて、黄金聖闘士になりたくて、特訓をしてもらっていた。黄金聖闘士になるためには、小宇宙の真髄であるセブンセンシズに目覚めていることが必要最小限の条件なのだ。

聖闘士の認定試合で、アイオリアは見事勝利したのだ。ただの勝利ではない。強大な黄金の獅子の小宇宙が燃えていたのが認められ、獅子座の宿命を負う者として認められたのだ。

試合に勝つだけでは聖闘士としては認められない。最低限小宇宙に目覚めていなければならない。重い聖衣を纏うためには小宇宙が必要なのだ。それに、物理や生命現象を無視するパワーとスピードを生み出すためにも、やはり小宇宙が必要なのだ。

人がものを感じて判断し、反応するまで0.2秒かかるとされるが、その神経伝達速度の限界を超える為には小宇宙が必要なのだ。小宇宙で感じ、小宇宙で考え、小宇宙で反応しなければならないのだ。ましてや音速や光速で動く聖闘士となれば、小宇宙ですべて反応しなければ自分がやられてしまう。

とはいえ、動きの元になるのは本来の脳や筋肉である為、当然小宇宙だけでなくこれらも鍛えて研ぎ澄ましておくことが必要となる。

アイオリアが獅子座の黄金聖衣を賜ったのは、あの事件が起こる数か月前のことだった。アイオリアは憧れの兄、射手座のアイオロスと並んで同じ黄金聖闘士になれたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。兄のアイオロスもまた、弟が黄金聖闘士になれたことを我がごとのように一緒になって喜んだ。

「アイオリア、これから女神の聖闘士として女神の為に、そして正義のために一緒に戦おうな」

「うん」

アイオリアの黄金聖衣授与式が行われ、正式に獅子座の聖闘士となった。この時、普段は聖域にいない黄金の仲間たちも招集を受けて全員が集まり、皆で黄金の獅子の誕生を祝った。

この時が一番幸せな時だったのかもしれない。教皇がいて、射手座の兄がいて、兄と同じくらいの歳の双子座、自分より少し歳上の蟹・山羊・魚座、そして同年代の黄金の仲間たちがいる。

その時全員で撮った記念写真には、どの子も幸せそうな笑顔で写っていた。黄金の子供たちは仲間が全員揃ったことを無邪気に喜んでいた。この時、黄金が全員揃ったことの意味を理解していた者は、教皇と天秤座の老師以外はまだ誰もいなかった。

兄さんが,次期教皇?!?

ある日、アイオロスは現教皇から呼び出しを受け、次期教皇に指名された。その日の夜、アイオロスは弟に、喜び半分、重責半分の深妙な面持ちで語った。

「アイオリア、実はな、我らが女神がご降臨なされたらしい。黄金が揃い、女神がご降臨されたということは、聖戦が近いということを意味していると教皇は仰られた。その為に次期教皇となる者を指名すると仰ってな。私はてっきりサガが指名されると思っていたんだが、驚いたことに私が指名されてしまったんだ。正式に発表するのはまだ先だそうだが、ご降臨された女神と為に精一杯頑張るつもりだ」

「兄さん、すごい!俺もすっごく嬉しいよ!俺も、女神のためにも兄さんのためにも頑張るよ!」

「公布されるまではまだ正式ではない。私が次期教皇に指名されたことは、みんなには黙っておけよ」

「うん」

アイオリアにとって、そんな兄は誇りであり憧れの存在だった。

兄さんが,反逆?!?

誰かであえーーっ!アイオロスが反逆をこころみたあーーっ!

聖域中に教皇の声が木霊する。声ではなく、教皇のテレパシーが直接脳に鳴り響く。アイオロス討伐を指令する教皇の怒号が聖域中に響き渡る。

「何だって!俺の兄さんが……。兄さんがそんな事するわけがない。きっと……、きっと……、何かの間違いだっ‼︎」

アイオリアは信じられなかった。訳が分からなかった。脳天砕かれるほどのショックを受けた。

宿舎の扉を開けて外に出たものの、その場に立ちすくんでしまった。

周囲の聖闘士や雑兵たちがアイオロスを追いかけるべく走り抜ける中、幼いアイオリアはよろよろと闘技場の方へ歩いて行った。周りが騒ぐ中、闘技場の真ん中でアイオリアはただただ空を見つめ、目にはいつの間にか涙が浮かんできた。

「兄さんが……、兄さんが……、そんなことをするわけがない……。どうして……、どうしてなんだ、兄さん‼︎どうしてなんだよーーっ!いったいどういうことなんだよーーーっ!反逆を試みただなんて、いったい何があったんだよーーーーっ!」

アイオリアは夜の闇間に泣き叫んだ。余りのショックに、女神の小宇宙が兄の小宇宙とともに聖域を飛び出し、その後にシュラの小宇宙が追いかけていることに気付くことはなかった。ましてや、その後にムウの小宇宙が追いかけていることなど、気づくはずもなかった。頭の中は真っ白になり、大泣きしてその場に塞ぎこんでいた。

程なくして、シュラがアイオロスを討ち取ったとの知らせが入った。

アイオリアはショックのあまり抜け殻のようになった。いつ、どうやって闘技場から自分の部屋に帰ったのか記憶にない。部屋に閉じこもり、ベッドの上でただ泣いていた。

もう二度と厳しくも優しい兄には会えないということを頭では理解していても、なかなか受け入れられなかった。兄が反逆者などということも、俄かには受け入れられなかった。兄の形見ともなる射手座の聖衣は行方不明となり、戻って来なかった

ふつう、黄金聖闘士が殉死しても、聖衣の意思で聖衣だけは各宮に戻ってきて安置されるのだが、なぜか戻ってこなかった(なぜ戻ってこなかったのか、理由が分かるのは随分と経ってからのこと)。

これは夢だと思いたかった。アイオリアの落ち込み様は激しく、いくら呼び掛けても部屋から出てこなかった。

こうして、アイオリアにとって暗黒の時代が始まった。世にも稀な黄金の兄弟と称えられていた立場から一転、逆賊の弟として下げずまれる扱いを受けるようになるのである。

翌日、部屋から無理やり引き出されて教皇の間まで連れていかれた。兄が反逆を試みたことについて何か知っていることはないかと、詰問を受けた。警察の取調室のようでもあり、裁判所のようでもあった。

兄が反逆を試みたことを知っていたかどうか、なにか予兆はなかったのか形を変えて何度も聞かれたが、知らないものは答えようがない。自分自身も衝撃を受けて落ち込んで涙ぐんでいる7歳の子供を見て、本当に知らないのだと判断され,開放された。

兄がしでかした反逆に、アイオリアは何も関わっていないとされた。

しかしアイオリアに罪はないとされても、一緒に仲良く遊んでいた同い年の友人たちは、この日からアイオリアのことを避けるようになってしまった。アイオリアは孤独な一匹ライオンとなってしまったのだ。

事件後1週間は、心配した従者が部屋に食事を運んだりしていたが、手を付けられた後はなかった。1週間以上が経って、少しずつ食事を摂れるようになった。そして少なくとも1か月は、アイオリアを力ずくで無理やり引き出さない限り部屋から出てくることはなかった。誰を信じていいかわからず、誰のも会いたくなかった。

だが時間はかかったものの、この幼い獅子は逆境に負けることはなかった。少しずつ本来の獅子の牙を取り戻していった。とはいえ、これから自分はどうすべきなのか、憔悴しきったアイオリアが心の平静を取り戻すのに実に半年以上を費やしていた。

聖闘士として生きていくために、今のアイオリアにできることは、聖域に対して忠義を尽くす以外に道はないのだ。自分は反逆者ではないということを示す他ない。アイオリアはアイオロスのことについてあれこれ考えることをやめた。目の前の勅命に対し、一生懸命仕事することにした。

後に「脳筋」と呼ばれる遠因がここに生まれてしまったのだろう。もともと思考停止しやすい性質だったのかもしれない。

最初は、誰も逆賊の弟に近づくものはいなかった。兄は兄、弟は弟と割り切った付き合いのできるものが少しずつ現れてはきていた。だが大半の者は、アイオリアの実力を認めつつも逆賊の弟であるというだけで、私的な付き合いをするものはあまりいなかった。親しく接しているようでいてもそれは表面的なものであり、いつも影で何かを言われていた。腹を割って話せる相手などいなかった。相変わらず孤独な黄金の獅子であることに変わりなかった。

同じ黄金の仲間ですら、何か距離感があることを感じずにはいられなかった。やはりいつもどこか群れを追い出されて単独で行動する雄ライオンのようであった。

黄金としての誇りを維持する一方でまた、逆賊の弟としての自虐的な心が葛藤していた。

アイオリアに与えられる勅命は、逆賊の弟ゆえか危険な任務である事が多かったが、なんとか黄金らしく、忠実に卒なくこなしてきた。アイオリアは気付いていなかったが、単独任務にはひそかに必ず監視役の白銀が数名つけられていた。

日本から来た少年

あの事件から7年が経過したある日、東の果てにある日本という国から、星矢という少年が聖闘士になる為にやって来た。その少年は鷲座の魔鈴に弟子入りをすることになった。魔鈴は白銀の女聖闘士であり日本人である。

魔鈴は男尊女卑の聖域にあって、しかも東洋人差別のあるこの場所で、白銀聖闘士となった。アイオリアと魔鈴は、聖域において同じ冷遇される立場にあったためか馬が合い、よく一緒にいた。魔鈴はアイオロス事件の事は直接には知らない。

周囲の者から事件のことを聞いたことはあるが、アイオリアに直接事件について聞けるわけでもなく、噂の真偽を確かめる術も当時はなかった。魔鈴はアイオリアの逆境に負けない強い精神力と純粋な人柄から、逆賊の弟としてではなく、普通の尊敬出来る一聖闘士として接していた。

そんな魔鈴の下に、「同じ日本人だから」というただそれだけの理由で、星矢が半ば押し付けられたような形で弟子入りすることになったのだ。

星矢が聖域に来た時にはもう、アイオロス事件の事は殆ど風化していた。星矢は事件の事は噂で耳にしたことはあったが、ただの噂としてあまり信用していなかった。アイオリアは魔鈴や星矢に対して、日本人だから、女だからという扱いはせず平等に接していた数少ない人物である。それ故星矢はアイオリアを信頼しており、逆賊の弟と言われようが尊敬すべき良き先輩であると思っていた。

「アイオリア、俺バカだかさ、魔鈴さんに原子がどうとか、神がどうとか、神話とか、いろいろ教えられるけど、よくわかんないだよね」

「ハハハッ、そうか星矢。あまり気にすんな。そんなこと分からなくても聖闘士にはなれる。要は小宇宙だ。小宇宙にさえ目覚めれば良い。知識なんざ、後からついてくる。実践と座学の繰り返しだ。実は俺も最初のうちは理論なんてよく分からなかったけど、実践をとおして理屈を理解してきたような面もある。最初はうちは理屈なんて分からなくとも、何とかなるものだ。お前は勘が良い。恐らく実践を通して学ぶタイプなのではないのか。きっと、良い聖闘士になれるぞ。神とか神話のことだって、直接の戦いには関係がないから気にすることはない」

「そうか、なんだかホッとしたよ。難しいことはよくわかんないけど、俺、頑張って小宇宙に目覚めて聖闘士になるよ。どうしても聖闘士になりたいんだ」

アイオリアは星矢に対し、「自分の小さい頃をみているようだ」と常々思っており、何か秘めたものを持っていそうな感じもまた受けていた。星矢の師匠は魔鈴なので直接指導したことはないが、修行の様子はちょくちょく観ており、将来良い聖闘士になりそうだと期待していた。

プライドを追い出された雄ライオンは、同じくプライドを追い出された他のライオンと小さな群れを形成する。この頃のアイオリアは、聖域内で同じく肩身の狭い思いをしている者同士と集まり、心理的プライドを形成していたと言えよう。一部とはいえ、アイオリアを逆賊の弟として扱わない者たちの存在が、黄金の獅子の矜持を辛うじて保たせていた。

虐げられる立場にあったアイオリアは、同じく虐げられる立場にあるものの心理をよく理解していたため、誰にでも平等に接することが出来た。それ故、雑兵以下の下の者たちからの信頼は厚かったのかもしれない。

その後、アイオリアは星矢が無事に聖闘士となって巣立って行くところを見届けた。聖闘士になれば、掟に背かない限り、自分の好きな所に住むことが許されるのだ。

兄さんの真実

星矢が聖域を巣立って数か月がたったある日、アイオリアは蠍座のミロと共に教皇から呼び出しを受けた。

「教皇、お呼びですか。アイオリア、参りました」

教皇に謁見する時は、本来聖闘士の正装である聖衣を纏わなければならないのだが、アイオリアは纏う気になれず兵服のままだ。逆賊の弟としての心情が、聖域で黄金聖衣を纏うことをどこか躊躇わせている。丸腰で教皇に謁見することで、反逆の意志がないことを示しているともいえる。

「聖域が誇る黄金聖闘士であるお前たち2人を呼んだのは他でもない。日本で青銅のヒヨコどもがショーまがいの戦いを繰り広げ、同じヒヨコに氷河を向かわせたのだが、これはミイラ取りがミイラになりおった。魔鈴が裏切ったという情報も入っている」

「魔鈴が……」

逆賊の弟と言われるアイオリアは表情には出さずとも、必死だった。教皇からの勅命を忠実にこなすことで、いつも通り聖域に忠誠を示すとともに、兄アイオロスの着ていた射手座の聖衣を弟として何としても取り返したかった。

アイオリア,日本へ行く

日本に飛び、既知の星矢の小宇宙を探し出す。星矢の小宇宙はシャイナの小宇宙と共にグラード財団系列の療養所にあり、アイオリアは療養所へと向かった。

星矢がアイオリアの小宇宙を感じ、窓から顔を出した。シャイナはアイオリアが来た事情を直ぐに察知し、星矢と共に逃げようとするが、アイオリアとしては逃がすわけにはいかない。

アイオリアにとってあまり得意な分野ではないが、黄金聖闘士はセブンセンシズに目覚める過程で皆念動力を扱うことが出来る。アイオリアは念動力を用いて、星矢とシャイナを強引に引きずり出した。

星矢だけでなくシャイナごと引きずり出したのは、恐らく彼の大雑把な性格と正確に念動力を用いることは苦手であることから、まとめて引きずり出してしまっただけに過ぎない。ムウであれば、おそらく星矢だけをテレポートで引きずり出したに違いない。

シャイナは必死に星矢を助けようとアイオリアに懇願する。だがアイオリアとて、勅命で受けた青銅討伐に対して必死なのだ。

アイオリアの光速拳は音速が精一杯の星矢には全く見えず、躱すことが出来ない。なされるがまま、傷だらけに、ボロボロにされていく。

光速拳であれば本来は聖衣をまとっていない星矢相手なら一撃で死をもたらすことができるのだが、星矢に問い詰めたいことがあるためそのようなことはしない。身体をかすめるだけの拳を与え、じりじりと追い詰めていく。

アイオリアが星矢に止めを刺そうと拳を放った時、シャイナが飛び込んできた。シャイナは背中に重傷を負い、その場に倒れた。

「アイオリア、なぜ拳を止めなかった。お前ならシャイナさんが俺を!!」

驚いた星矢は怒りのあまり、アイオリアの頬を思いっきり殴った。

「これで少しは気が済んだか、星矢。確かにシャイナが飛び込んでくるのに気付かなかったのはこのアイオリアの落ち度だ、許せ!まだ手当をすれば助かるかもしれない。シャイナのことは任せろ、星矢」

アイオリアはシャイナを抱きかかえ、自分の非を素直に認め、星矢がなぜ聖域から狙われているのかを説明した。掟を破って私闘を行っているからだと。

「女神を補佐される教皇の命令は絶対だ。いずれにしろ俺はお前を葬らねばならんだろう」

アイオリアは今回に関しては怪我をしたシャイナに免じて星矢を見逃そうとした。アイオリアは自覚していないが、自分の弟のように思っていた星矢を本心では討ちたくないからであり、無意識に少しでも生きながらえさせようとしていたのである。だが、そういうことが許されない事態が起こってしまった。

通常であれば黄金聖闘士の任務は単独で行うことが多いのだが、アイオリアには例のごとく白銀3人の監視役が付けられていた。その監視役が表に出てきたのだ。いつも監視役がつけられていたのだが、今までは何事もなく忠実に任務遂行してきたために表に出ることはなかった。

だが、今回は直ぐに遂行せず逃がそうとしたため、事態を重くみた白銀が、任務を促すために現れた。星矢のいる前ということもあり、表情には出さずとも、監視役がつけられていたことにアイオリアは内心激しく動揺していた。今まで一生懸命どんな任務も確実にこなしてきていたにもかかわらず、教皇に全く信用されていなかったのかということを知り、内心がっかりしていた。

その監視役の白銀たちがアイオリアに代わり星矢討伐を申し出た。悔しいが、立場上、アイオリアは白銀たちの言い分を認めるしかない。アイオリアは黙認することにした。

白銀たちが星矢に止めを刺そうとしたその時、星矢の部屋から射手座の聖衣が現れ、星矢の体を覆った。これは一体どういうことなのだ?!アイオリアは白銀たちに逃げるように忠告した。しかし忠告むなしく射手座の黄金聖衣を纏った星矢は、監視役の白銀をあっという間に倒してしまった。

聖衣の上では同等の立場に星矢はなった。ならば、アイオリアとて今までのようにお遊びのような相手ではなく、本気で勝負をするしかあるまい。星矢の小宇宙の高まりを、黄金聖衣が増長する。それは青銅聖衣の比ではない。

だが所詮は青銅。俄かに黄金聖衣を纏ったからといって、真の黄金であるアイオリアにはかなわず、あっという間に星矢は倒された。

アイオリアが星矢に止めを刺そうとした時、今まで感じたことのない、黄金を遥かに凌ぐ強大かつ穏やかな小宇宙を感じた。

女神の小宇宙

「な、なんだ!この小宇宙は一体?まさか、女神!?!」

「さ、沙織さん、来てはダメだ。危ない。」

「拳を下ろしなさい、アイオリア。私の話を聞きなさい。」

アイオリアは横から入ってきた娘から衝撃の真実を聞かされた。本当に討つべき相手は教皇であり、兄アイオロスは逆賊などではなく、女神を助けようとした英雄だということを……。

そして城戸沙織こそが本物の女神。あの強大な小宇宙は神以外にあり得ない。今迄信じていたものは一体なんだったのか……。何が真実で、何が真実で無いのか、頭の中がグルグルと回転し、混乱をきたしている。混乱の中、アイオリアは思ってもいないことを口走ってしまった。

「証明できますか?」

「えっ?」

 アイオリアは女神にライトニングボルトを放った。

「いくら衝撃の事実を知ったからといって、女にライトニングボルトはないだろう」

射手座の聖衣に宿るアイオロスの残留思念が浮かび上がった。

(お前はどちらが正義でどちらが邪悪かの区別もつかんのか。それでも私の弟か!この罪は命をもって償え!)

ライトニングボルトの威力がそのままアイオリアに跳ね返ってきた。星矢は無我夢中女神を守ろうとしたに過ぎないが、兄アイオロスの思念がその想いを増長した。

「負けたよ、星矢。いや、お前にではなく、兄アイオロスに」

(兄さんは死してもなお女神を守っておられたのですね。兄さんは死んで魂となった後も、その魂を射手座の聖衣に宿し、女神をお守りしていたのですね。兄さん……)

兄だけでなく、聖域からの招集に応じない老師とムウもまた、反逆者などではないことを心の奥底から理解できた。

アイオリアは女神に跪き、詫びた。

「この罪は一命に変えてお詫びいたします」

「死んではいけませんよ、アイオリア。あなたにはこれから助けて貰わなければならない多くの戦いが待っているのです。そのためにも……」

女神は,思い込んだら突き進んでしまうアイオリアの性格を見抜いていた。

幻朧魔皇拳

アイオリアは聖域に帰り、傷ついたシャイナに手当を施した。

手当てをしながら、彼女の弟子のカシオスに、日本での出来事を一通り話した。

日本で星矢に会ったこと、真の女神に会ったこと、射手座の聖衣に宿る兄アイオロスに会ったこと。そしてシャイナがどうしてこのような怪我を負うことになってしまったのか、それはアイオリア自身の責任であること。アイオリアはカシオスにすべてのことを話した。

「シャイナのことを頼んだぞ。俺は今から教皇に会いに行く。教皇に会って直接確かめたい」

「アイオリア様、でも……、決して無茶はしないでください。女神のためにも……」

「わかっている」

アイオリアはそう言ってシャイナの看病をカシオスに任せ、部屋を出て行った。

カシオスはアイオリアを心配そうに見送った。アイオリアから聞いた話と、逆族の弟と虐げられながらも正義感が強く真っ直ぐ過ぎる彼の性格を考えると、不安しか感じられないのだ。

カシオスは、少しくらいシャイナから目を離しても大丈夫そうなのを見計らった上で、こっそりとアイオリアの後を追った。シャイナのことも心配だが、曲ったことが大嫌いなアイオリアのことが心配で心配で、居ても立ってもいられなかった。

アイオリアはそのまま教皇の宮に直行した。教皇の間に向かうにつれ、アイオリアの怒りはその距離に対し反比例するかのように増加していった。

教皇の宮に勤める兵士たちがアイオリアを阻止しようとするが、全く意に介さない。黄金相手に雑兵では手も足も出ないのだ。高ぶる怒りのまま、カツカツと教皇の間へとアイオリアは進み出た。

「あなたの後ろにある女神神殿。そこにははじめから女神などいない‼︎」

「そうかアイオリア。お前は知ったのか、真実を……」

アイオリアが教皇に詰め寄り、女神のことを問いただすと、教皇の髪の色がみるみる変わっていく。これは一体どういうことなのだ。先ほどまでの穏やかな小宇宙は激しく邪悪なものへと変化していく。

「死ね、アイオリアーッ!」

教皇はアイオリアに拳を放った。

「もはや真実が見えた以上、容赦はしない」

アイオリアも応戦し、戦闘状態に陥る。そこに報告のためにたまたま教皇の間へ向かっていたシャカは、ざわつく雑兵たちからアイオリアが暴れていると聞き、仲裁に入った。

黄金のアイオリアを止めることができるのは、同じ黄金が相手でなければ不可能だ。落ち着いて話し合えば良いものを、怒りのあまり血が逆流しているアイオリアに聞く耳というものは存在しない。暴走したアイオリアを止めるには、力付くで止めるしかない。シャカは仕方なく、否応なく、小宇宙を高める他に手段はなかった。

「やむをえん……。」

シャカと千日戦争の形となり、膠着状態に陥った隙を狙われ、アイオリアは教皇の幻朧魔皇拳を受けてしまった。自分の意に反して、体が……、心が……、自分のものではなくなっていく。

カシオスはアイオリアがシャカと千日戦争の状態に陥る少し前に教皇の間に着いた。そして、見てしまった。アイオリアが教皇の幻朧魔皇拳を受ける所を。カシオスの嫌な予感は当たってしまった。

幻朧魔皇拳は、目の前で人が死ななければ解けないと聞いた。誰かが死ぬまで……、アイオリアは……、教皇の操り人形なのか……。

(アイオリア様……)

カシオスの死

「せ、星矢?お、俺は一体?」

「よ、良かった。どうやら完全に元に戻ったようだな」

傍に雑兵のカシオスが倒れていた。カシオスが命を落としたことによりはじめて、アイオリアは幻朧魔皇拳を受け、洗脳され操られていたことに気がついた。

(くそっ、何てことだ……。俺としたことが……。カシオス……、すまない)

アイオリアは星矢だけでなく、カシオスのことも修行時代からよく目をかけていたので知っている。星矢とカシオスが、ペガスス座の聖衣をかけた試合にも立ち会っている。

なぜ、カシオスがここで息絶えているのか、その心情までアイオリアには分からない。

ただ、アイオリアの目を覚ます為に、自ら命を差し出したことだけは分かった。カシオスは見てくれは悪いが心根は優しい。聖闘士にはなれなかった雑兵身分ではあるが、聖域に来た時から戦いの中で死ぬことを覚悟していた男である。

「俺を、目覚めさせる為に……」

アイオリアはマントを外し、カシオスの亡骸にそっと掛けた。

アイオリアは自分が精神攻撃に弱いことも、感情の赴くままに短絡的な行動をとってしまうことも自覚している。

そんな自分の弱さゆえに、後先考えずに無鉄砲な行動をとってしまったがゆえに、一人の雑兵が自ら命を絶つことになってしまった。雑兵とはいえ、命の重みに階級差はない。アイオリアは自らの行動を悔いた。カシオスの死を無駄に終わらせたくはない。

アイオリアは、不完全な洗脳の時の記憶はおぼろげながらあり、完全に洗脳されてしまっていた時の記憶は殆どない。しかし星矢の小宇宙を感じた記憶はある。星矢の小宇宙がこれまで感じたことのないくらいに高まり、そればかりか小宇宙の真髄であるセブンセンシズの域にまで達していた記憶はある。

星矢が黄金域にまで一瞬でも小宇宙を高めることができたのは、ムウにセブンセンシズについて教えてもらったからだと青銅聖闘士たちは言った。セブンセンシズという言葉を強く意識することにより、星矢は一瞬だけでもセブンセンシズに目覚めることが出来たのだろう。

この時、アイオリアもまた星矢たち青銅聖闘士たちが本物の女神の聖闘士であることを認めた。

アイオリアがムウを見たのは久しぶりだ。

ムウは聖域に近づかなかったし、アイオリアが聖域を離れることはめったになかったからだ。ムウと星矢たちの接点が何処にあったのか、アイオリアは知らないが、白羊宮でムウが星矢たちを手助けしていたのは確認している。

十二宮における戦いでは、戦いが終わるまで勝手に持ち場を離れることは原則禁止である。十二宮の守りに入っている黄金聖闘士として、星矢たちについて行くことなどは許されない。

相手に味方をする場合は、相手を素通りさせる他に、ムウのように聖衣を修復したり助言することが許された行為だ。

アイオリアは次の処女宮を守護するシャカに関するアドバイスをすることにした。

「ひとつだけ教えてやる。シャカの目を絶対に開かせるな」

そう言って、アイオリアは星矢たちを見送った。

教皇の真実

青銅聖闘士たちは引き続き各宮で死闘を繰返し、終に星矢が教皇の間へと辿り着いた。

ムウが時空の狭間へと消えたシャカと一輝を処女宮に呼び戻し、そしてシャカは一輝を教皇との戦いの場へと送り出した。

その後、ムウとシャカは教皇の正体に関する問答を始めた。普段ならテレパシーによる会話は会話の相手のみに送るのだが、この時はどういうわけか聖域にいる者全員に会話のテレパシーが送られてきた。皆も事実を知りたいだろうという配慮からなのだろうか。

「今の教皇は真の教皇ではない。いつの間にか別の人間が入れ代わってしまっているのだ」

衝撃の事実がムウの口から語られ始めた。兄アイオロスを次期教皇に指名したのが真の教皇であり、殺害を指示したのは入れ代わった偽教皇。

「で…では、真の教皇はいったいどうしたのだ⁈」

「殺したのだよ、このサガが!!」

会話を聞いていた偽教皇の意思が聖域中に響き渡った。教皇に成りすましていたサガが正体をついに曝け出したのだ。

教皇を殺害し、女神を殺害しようとし、そして次期教皇に指名されていた兄アイオロスまで殺害し、そのアイオロスに反逆者の汚名を着せたサガ。

その小宇宙は幼き頃に感じていたサガとも、(偽)教皇として君臨していた時とも違う、まさに邪悪と呼ぶに相応しい小宇宙。兄アイオロスの無念が……、悔しさが……、怒りが……、アイオリアを幾重にも取り巻いていく。

「おのれサガ!全てがはっきりした以上、もはやここで留まってはおれぬ!このアイオリアが容赦はせぬぞ!!」

頭の血がのぼったアイオリアは、思わず持ち場の獅子宮を離れて教皇の間へと行こうとした。

「待ちなさい、アイオリア!」

「なぜ止めるムウよ!すべてははっきりしたのだぞ。女神を救い、サガを全員で以て倒すべきだ!!」

「動けるものなら老師や私も初めからそうしている。動けないのだ。ただこれは天が女神に与えた試練なのだ」

動けぬ理由を語るムウの言葉の端々から、ムウ自身の悔しさともどかしさが滲み出ていた。ムウの抑圧された激しい感情に気付いたアイオリアは、ムウの指示に従うほかなかった。

「くそっ!」

アイオリアは怒りを床にぶつけて紛らした。

アイオリアの怒りにも匹敵するほどのムウの激しい感情の理由を知るのは、この戦いが終わってからである。兄の仇を討ちたいというアイオリアを納得させるほどの激しい感情を、ムウは自ら抑圧していたのだ。

さすがのアイオリアも拳を引っ込めるしかない。ムウに言われた通り、アイオリアも女神を信じて、星矢の戦いを見守った。

火時計の最後の火が消える瞬間、星矢は女神の楯をかざした。楯から放たれた光が、サガを貫き、女神の胸に刺さっていた黄金の矢が消失した。

女神は復活したのだ。

この戦いで多くの犠牲者を出してしまったが、アイオリアの気持ちは晴れやかだった。

「もう、誰も疑いようのない、真の女神であることが証明された。兄さんの疑いも晴れた。今日から俺は、胸を張って生きられる。逆賊の弟なんかじゃない、英雄の弟なんだ」

アイオリアは再び、新たなプライド(聖域)を手に入れた。以前のプライドのボス(偽教皇)は倒され、ボスの子供(腹心の部下である蟹山羊魚)も倒された。心理的にも、黄金の若獅子として聖域に君臨することが許されたのだ。

兄のもとへ

サガの乱後のお食事会で、ムウからアイオロスの墓の存在を教えてもらった。そして兄を栄誉ある聖闘士のみが眠ることを許されるという聖域の墓地に移すことになった。

逆賊ではなく英雄となったアイオロスが、聖闘士たちの墓に改めて葬られることに何の問題もなく、手続きも滞りなく行われた。

サガに殺された真の教皇、この度の戦いで亡くなった他の聖闘士たちとアイオロスの葬儀を同時に行う段取りとなった。葬儀の前にムウに墓の場所を案内をしてもらい、兄の遺骨を掘り出しに行かねばならない。

アイオリアは遺骨を入れるための麻袋と、掘り出すためのショベルを手に持ち、待ち合わせ場所に行った。

「ショベルを持ってきたのか。いちいちショベルで掘り起こさなくても、念動力で手を汚さずに一気に集めれば良いではないか」

「いや、一つ一つ掘り出させてくれ。その方が気持ちが入る」

ヒトの骨の数は約200。そのすべてをショベル一本で掘り起こして集めるとは正気かとムウは一瞬思ったが、本人がそうしたいというのであれば仕方あるまい。師の骨を一つ一つ拾い集めたムウは、アイオリアの気持ちが痛いほどよく分かった。

ムウの師匠は地面の上に放置された状態であったが、アイオリアの兄の場合は埋められた状態である。その大変さには雲泥の差がある。大変だと分かっていても、自分にとってかけがえのない大切な人だからこそ、一つ一つ丁寧に自らの手で集めたいのだ。

二人は光政翁が建てたという簡素なアイオロスの墓まで一気に飛んだ。木で作られた墓標が立っているだけの、文字通り簡素な墓だった。

ムウが実際に命日に訪れていたことを、添えられた枯れた花束が主張していた。

「俺一人でやらせてくれ」

「ああ、では私は先に聖域に帰っている」

ムウが先に聖域に帰ったのは、アイオリアに対する気遣いである。兄弟の絆に他人が入り込む余地はない。ムウが師の骨を集めている間、仲間たちはずっとスターヒルの下で待っていてくれたのだから。想いは同じだ。

アイオリアは地面を掘り、兄の骨を探し始めた。

頭がい骨、上腕骨、肩甲骨、大腿骨、……、大きな骨は見つけやすく集めやすい。脛骨や背骨などは数が多く形も複雑で土を落としていく作業が大変である。指の骨などは細かく、神経を使う。それでもアイオリアは一生懸命一つ一つ兄の骨を探し集めていき、いつの間にか日が暮れていた。でも結局最後は、

ええい!面倒!!

となって細かい骨を念動力で一気に拾い集めることになってしまったが、骨の殆どは一つ一つ掘り出していったものであり、本人はいたって満足している。

「兄さん、帰ろう、聖域へ。兄さんが命をかけて守った女神がいる聖域へ」

アイオリアは兄の遺骨を入れた麻袋に声を掛けると、聖域へと飛んだ。

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