傾いた天秤

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

サガの乱を天秤視点で書いてみました。

原作より

  • ムウの師匠のシオンとは親友
  • ムウと老師は知り合い
  • 銀河戦争中に紫龍を試すお茶目な師匠
  • 城戸沙織が女神であることを知っている
  • サガの乱は天が女神に与えた試練

等々

を反映させたつもりです。

本編

遠くギリシアの聖域で、友の小宇宙が消えるのを感じた。

「シオンよ、一体何があったのじゃ?」

シオンの異変

小宇宙の消滅は「死」を意味するものではない。聖闘士にとって小宇宙を燃やすだけでなくその気配を消すことも可能である。

だが何日も消えたまま、テレパシーにも応じないという状況はこの200年の間で初めてであった。

不可解に感じた童虎は、友の小宇宙が消えた理由を探るため、心当たりのある場所のあちこちに意識を飛ばしてみた。

すると、泣き叫ぶような子供のテレパシーを遠くに感じた。テレパシーを使える者は限られている。テレパシーを使っているというだけで、只者ではないことは直ぐにわかる。

童虎は注意深くテレパシーのする方に意識を向けた。声はずっと、ヒマラヤ奥地インドとパキスタン国境付近のジャミールから聞こえてきた。ジャミールはシオンの故郷、シオンと関係する者なのだろうか。

(あの幼き子供はひょっとしてムウかの?シオンが時々自慢をし、牡羊座と修復の技術を受け継いだというシオンの弟子の?一体どうしたのじゃ?)

己の使命のために離れて暮らすとはいえ、教皇シオンと童虎は時々テレパシーを飛ばしあってお互いよく話をしていた。

シオンが弟子をとり、その子が牡羊座と修復師の技術を引き継いだことは聞いていた。引き継いだ後も、毎日弟子の下に通っては修行を続けさせていることも知っていた。その弟子に会ったことはまだないが、近々挨拶に向かわせるとは言っていた。

だがその機会を持つことなく、シオンからの反応が消えてしまったのだ。

幼き子の発するテレパシーは誰かを必死に探しているようであった。童虎は、ムウと思しき子供にテレパシーで声をかけてみた。あの子供がムウであれば、何か応えてくれるに違いなかった。

童虎はこの子供から黄金の羊のオーラを感じ取っていたために、会ったことはなくてもこの子がムウであるという確信があったからだ。

「ムウよ。牡羊座のムウよ。聞こえるか」

「私の名を呼ぶその声は?シオン様……、ではないのか……」

やはりこの幼い子供はムウであった。テレパシーの返事がシオンからではないことにガッカリし、再びシクシク泣き出した。

「わしは天秤座の童虎じゃ。わしのことはシオンから聞いたことがあるじゃろう」

「は、はい。師シオンより伺っております。200年以上前の聖戦をともに戦われた、天秤座の黄金聖闘士ですよね」

「そうじゃ、よく知っとるの。知っててもらえてわしは嬉しいぞ。ところでどうしたのじゃ?何を泣いておる?」

「実は突然、師の小宇宙を感じることが出来なくなりました。いくら呼びかけても返事がありません。師の身に一体何があったのでしょうか」

ムウもシオンの異常に気づき、不安と悲しみから泣いていた。今の童虎が泣きながら懸命に応えるこの幼い子に出来ることと言ったら……、元気づけることぐらいしかなかった。少しでも不安を取り除き、安心させることしか……。

「わしもシオンの小宇宙を突然感じられなくなって、驚いてずっと動向を探っておるとこじゃ。その過程でお主の泣き声を聞こえてきて、こうして声をかけておる。そんなに落ち込むでない。何かあったら、わしに相談しなさい。シオンが見つかるまで、わしを師匠と思うがよい。わしもシオンのことで、何か気づいたら、お主に報告するからのう…」

老師の気遣いの言葉に幼いムウは元気づけられ、勇気づけられた。老師の言葉に泣き止み、そして本来の機転の良さと行動力が呼び戻された。

行方不明の師に代わって、師の友人である老師が後ろ盾となってくれるていることが、自分は独りになったわけではないのだということが、ムウに安心感と勇気を再びもたらしてくれたのかもしれない。

「はい、ありがとうございます。ですが、私はこのままここで師を待っていても何も分からないので、思い切って聖域に行ってみようかと思います。何だか…、物凄く…、とても…、とても嫌な胸騒ぎがいたします」

聖域からの報告

聖域に向かったムウからは適宜テレパシー連絡が入った。

教皇はいつの間にかシオンではなくなり、誰か別の人間と入れ替わってしまっており、相変わらずシオンは行方不明のままであること。それが何者であるかを確認したかったが、ムウに対する危険性を考えると、それは断念せざるを得なかった。

そして、女神と思わしき小宇宙がアイオロスと共に聖域を飛び出し、教皇を語る何者かからアイオロス討伐の司令が出たということ。

ムウと同様に童虎もまた、女神が降臨されたことと、アイオロスを次期教皇に指名したことをシオンから聞いていた。

聖域では一体何が起きているのか。普段は正義に傾いている天秤が、時折悪に激しく傾く。

その動きは非常にアンバランスで、極端な動きを示す。以前は平衡状態を示していたはず天秤が、シオンの小宇宙に異常を感じる少し前から、このようなことが起こり始めた。

先代女神の時代はどうだった?伝承されていることや古い記憶を、童虎は必死に手繰り寄せた。何しろ200年以上も前の記憶である。メソペタメソスを受けた身体では脳細胞の動きも鈍いゆえ、そう簡単に思い出せるものでもない。

天秤が示す傾きの意味を考えた。200年も生きていればそれなりの知識はあるが、元々シオンのような知恵者でもない。童虎はしばらく考え込み、溜息をついた。

(天はいつも残酷な試練を女神に与えなさる。先代女神の時より、今回の試練は厳しいものになるかもしれんのう)

アイオロスの後を追ったムウから、ムウの見たまま聞いたままがテレパシーで送られてきた。

それは驚きの連続だった。次期教皇に指名されたアイオロスは逃亡の末に同じ黄金の仲間に討たれて亡くなり、女神はアイオロスにより日本人の下に、城戸光政という人物に託されたということ。

前聖戦とは違い、女神が聖域でお育ちにならないことが、果たして良いことなのか。女神が覚醒されるまでお守りすることが出来るのだろうか。不安材料は沢山ある。

だが、悪に傾く聖域でお育ちあそばすより、極東で養育なされた方が安全であるのかもしれぬ。

それに……、聖域よりも、わしがいる場所に近い……。

ムウの訪れ

「老師、お初にお目にかかります。牡羊座のムウです。今日は改めてご報告に参りました」

「お主がムウか。シオンの弟子の。よく来たのう。この度はご苦労じゃった。今はまだ気持ちの整理がつかず、苦しいかもしれんが、よく頑張ってくれた。礼を言うぞ」

ムウは聖域で見たこと聞いたこと、アイオロスのこと、女神のこと、城戸光政のことを一通り淡々と報告した。射手座の聖衣を守るために見た目を加工したこと、ニケを黄金の杖に加工したことも報告した。

そしてこれからどのような戦略で女神を守り、聖域と対峙する予定なのかも改めて報告した。とても7歳の子が考えたとは思えない内容のあまりの素晴らしさに、童虎は目を丸くした。

「おお、これなら…、これなら女神が覚醒されるまで、その存在を隠し通せるかもしれん。全く、お主は大した奴じゃ。本物の女神であれば、覚醒と共に真の女神の聖闘士となる少年たちを従えて、いつか必ずや聖域に戻る。ムウよ、それまで女神のことを頼んだぞ。それと……、シオンが見つかるまで、わしのことを師匠と思って接するがよい。シオンの親友として、シオンの代わりになんでも相談にのるぞ」

「はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします」

ムウは一礼してジャミールへと帰っていった。

童虎は思った。

(シオンは良い弟子を持ったのう。ムウは非常に礼儀正しく、勇気もあるし賢い子じゃ。あのようなアイデアはわしでは到底思いつかん。シオンよ、何があったのかは知らんが、お主に代わってわしがあの子の成長を見守ってやるとするかのう)

童虎は、その行動力と頭の回転の良さに感心する一方で、子供らしい感情や牡羊座本来の激しい気性を一切封印してしまったかのようなムウが気掛かりだった。

報告をするムウの声は抑揚に乏しく、まるで機械がしゃべっているかのようであった。五老峰を動けぬ童虎に代わって、ムウは年齢に見合わない程に非常によく行動してくれた。

だがその行動力に反するかのように感情表現は乏しく、泣くことも笑うこともしなくなった。

初めてテレパシー会話をした時はあんなに泣いていたのに、シオンからもよく笑う感情豊かな子だと聞いていたのに。今では泣き言一つもらさない。笑うこともない。師がいなくなった悲しみか、それとも憎しみか、試練が故の動けぬ自分への苛立ちか、その無表情な顔は忠実に使命をこなすことにより、気を紛らわしているかのように見えた。

(さて、どうしたら良いものか。誰か、傍についてやれると良いのに……。女神に与えられた試練故に、今は耐えるしかないとは言ったものの、まだたったの7歳の子供に、ひどいことを言ってしまったのう……)

事件以降、シオンを知る者として、聖域から刺客が送られてくるかもしれない。自分自身だけでなく、シオンの弟子のムウにも童虎は常に注意を払っていた。

そんなある日、ジャミールに向かう幼き黄金の小宇宙を感じた。乙女座のシャカである。童虎はシャカがムウに向けられた刺客であると同時に、友としてムウのことをただただ心配しているのだと知り、ホッと胸を撫で下ろした。

童虎はふと、シャカに事情を話し、ムウの閉ざされた心を解きほぐしてもらうことを思いついた。

「ムウは今、慕っていた大切な人物が行方知れずになって大層落ち込んでおる。気丈に振る舞っているとは思うが、あやつの心はいつも泣いておる」

「大切な人?」

「今は誰とは言えぬ。今はそのことに決して触れてはならぬ。誰にも言ってはならぬ。時を待ってやってはくれないか。いつか語れる時がくるかもしれんからのう。それで、わしの方からお主に頼みがある。そんな訳だから、お主にはムウに寄り添って欲しいのじゃ。わしの問い掛けには応えてくれるが、心は固く閉ざされたままじゃ。ここを離れることを許されぬわしでは限界じゃ。時間は掛かるかもしれんが、シャカよ、ムウを頼んだぞ」

吉と出るか凶と出るか、シャカのムウに対する友情を信じて、童虎はシャカに賭けてみることにした。

(多分、シャカなら大丈夫じゃろう。きっと…分かってくれる)

弟子の紫龍

ある日、日本から紫龍という少年が童虎の下に弟子入りをしてきた。

城戸光政の子供たちの誰かを聖闘士に育て上げたいという希望を予めムウに伝えてあった。ムウは修業地として五老峰を候補の中に入れるように、光政翁に進言してくれたらしい。

子供たちの中に、五老峰の大滝の中に沈む龍座の宿命を負った子供がいれば、きっとその子が運命に従ってこの五老峰に送られ、そしてわしの修業を耐え抜いて龍座の聖衣を身にまとってくれるはず。宿命を持つ者がいなければ、たとえ送られてくる子供がいたとしても、 その子は龍座を纏うことなく、一雑兵として終わる。

果たしてこの紫龍は龍座の宿命を負った者なのか。

宿命を持つ者であれば、遅かれ早かれ必ずや聖闘士となる。その時は……、女神の側近とも親衛隊とも呼べるような聖闘士となるような存在に育ててやるのがわしの使命。

紫龍は修行を耐え抜き、見事にこの五老峰の大瀑布を逆流させ、龍座の聖衣を纏うに至った。紫龍は期待通りの龍座の宿命者であった。

動き始めた女神

紫龍が聖闘士になってしばらく経った頃、銀河戦争開催の報せがとどいた。これは女神の名の下に行われる大会ゆえに私闘のようで私闘ではない。

聖域を刺激する為の罠である。もちろん、それとは知らせずに紫龍を参加させるつもりだ。正式に聖闘士になったことで、少し驕りが見られる紫龍を戒める為にも、この大会を利用させてもらうこととしよう。

今の紫龍は女神の聖闘士であることに対する自覚に乏しく、精神的にもまだまだヒヨッコ過ぎて、とても聖域に対峙することはできはしない。世界は広いのだ。

これを紫龍にとって、女神の聖闘士としての試練の第一歩としよう。ちょっと試す為にも、悪戯もしてみようかの。

「春麗や、ちょっと頼まれてくれんかのう。日本に行って紫龍の試合中に『わしが危篤で大変だ』ということを伝えて欲しいのじゃ。紫龍の女神の聖闘士としての覚悟を試してみたいのじゃ。紫龍は一体どういう反応を示すかのう。動揺を見せなければ聖闘士としてまずは合格 、こんなことで動揺するようでは、まだまだヒヨッコ、修業が足りんということじゃ」

「ええっ!でも……」

春麗は老師がカゼすらひいたことがないほど丈夫な身体であることを知っていた。お年を召しているとはいえ、そんな頑丈な老師のウソに騙されるものだろうかとも思ったが、紫龍の反応が面白そうなのでのってみることにした。ついでに日本にも行ってみたかった。

春麗にとって老師に言われたからというよりも、紫龍の試合を見に行きたいというのが本音といったとこだろう。

実は、演技力にちょっとだけ自信のある春麗である

その春麗の演技力に,紫龍はまんまと騙されてしまった。

「老師!春麗の話では危篤と聞いて心配しておりましたが、ご冗談とはあまりにもひどいではありませんか!おかげでこの紫龍、星矢に……」

「負けたというならばお前の心に弱さがある証拠よ。戦いの最中、いかなることがあっても動揺してはならぬのじゃ。お前の心にはまだ幼さがある。それを試してみたのじゃが……。紫龍よ、お前もまだまだヒヨコよの。ホッホッ」

春麗の話では試合を放棄してさえ、駆けつけてようとしてくれたらしい。師の身を案じてくれることは師としてこれほど嬉しいことはない。しかし女神の聖闘士として、このような心構えでは、戦いの中で隙を突かれて命を落としかねず、まだまだ教育が足りなかったということでもあり、がっかりもした。

こういう時の師匠とは、嬉しくもあり、悲しくもあり……、まことに複雑なものよのう。

ムウからの報告

「ところでジャミールへ行くそうじゃの」

「はい、私のドラゴンとペガサスの聖衣を修復してもらいにまいります」

「やめておけ。あそこは常人はもちろんのこと、屈強の聖闘士でもなかなか辿り着くことはできん。ましてやヒヨコのお前では聖衣の墓場で死に絶えるのがオチじゃ」

「しかしどうあっても行かねばなりません。すでに暗黒との戦いは始まっているのです!一刻も早く聖衣を修復して戻らねばならないのです!!」

女神の聖闘士である自覚はまだ乏しいが、 ペガサスとの試合で紫龍は大事な何かを掴んだようだ。その気概、もう一度試してみようではないかのう。

「ならば一つだけ忠告しておく。聖衣の墓場へ出たら、決して後ろへ下がってはならん!左右へ動いてもならん!何があってもただ一直線に前へのみ突き進むのじゃ。よいか紫龍。前にだけじゃぞ。見事そこを抜けることができれば、そこにお前の求めるムウという男がいるはずじゃ」

童虎は紫龍の旅立ちを見送った後、前もってムウにテレパシー連絡をとった。

「わしの弟子に龍座の紫龍がいるのは知っておろう。そやつが今お主の所に向かっておるから、よろしく頼むぞ。だが、わしの頼みだからという理由で修復しなくても良い。お主がその目で紫龍を試し、お主のお眼鏡に適うようだったら修復してやってくれ」

「私が試す?老師のお弟子さんとはいえ、命の保証まで出来ませんが、それでもよろしいのでしょうか。尤も、私の所へはまず聖衣の墓場を通ってもらわねばなりませぬが。」

「構わぬ。死んだらそれまでの男よ。それしきのことで死んだのならば、女神の聖闘士とは言えまい。聖戦を控えた女神の聖闘士の宿命を負っていれば、これ位の試練など試練とは言えまい。簡単に乗り越えられるじゃろうて。師匠じゃ甘やかしてしまうこともあるからのう。まだまだヒヨッコじゃが、頼んだぞ。一応聖衣の墓場を通るための忠告だけは与えておいた。あとはあいつ次第だ。」

「分かりました。メンテナンスはともかく、本格的な聖衣修復は私自身久し振りなのですが、いつ来てもいいように準備はしておきます」

ムウから紫龍が無事にジャミールに辿り着いたという知らせを受けた。死んだ聖衣の修復には聖闘士の大量の血が必要なのだが、紫龍は修復に必要な血液を2体分提供し、重度の虚血状態で昏睡状態にあるらしい。

童虎はムウの話から紫龍の成長を実感した。信じあえる友と出会えたからこそ、自分の命を顧みずに血を提供したのだろう。

紫龍がそのまま黄泉の国へ旅立つか、この世に舞い戻ってくるのかは紫龍の小宇宙次第。師匠としては成長した弟子の小宇宙を信じて待つより他にない。

ムウも紫龍を漢として認め、修復の傍ら、できる限りのことをして紫龍を看病してくれているらしい。看病には主にムウの弟子があたってくれているようだ。

紫龍の小宇宙がそうさせるのか、宿命がそうさせるのか、紫龍は黄泉の国へ旅立つことなく意識を取り戻した。意識を取り戻す直前、紫龍と龍座の聖衣はムウによって戦いの場へとテレポートされた。

紫龍の体は今、血液が不足している状態であるにもかかわらず、紫龍はそのまま暗黒聖闘士との戦いに身を投じた。

本人に自覚はないようであるが、紫龍は女神の聖闘士としての使命に目覚めつつあるようだ。引き留めても無駄だろうと、ムウもそのまま紫龍を戦いの場へと見送った。

鳴りを潜めて戦いを見守っているムウから、暗黒聖闘士との戦いの様子が随時報告されてくる。紫龍は暗黒ドラゴンに勝ったようであるが、暗黒ドラゴンは紫龍の我が身を省みない心意気に打たれ、紫龍を死の淵から救ってくれたようだった。

暗黒聖闘士との戦いに引き続き、青銅聖闘士と白銀聖闘士との戦いが始まった。ムウがいろいろと小細工をしてくれたお蔭で、青銅たちは体制を立て直してから白銀たちに立ち向かうことができた。

ムウはペガサスと蜥蜴座の戦いを見終わった後、ジャミールへと引き揚げてしまったために報告はここまで。後は小宇宙を感じ取って戦況を見守るしかない……。

紫龍の帰還と覚醒

白銀聖闘士との戦いを終えた紫龍が再び五老峰に帰ってきた。

だがその眼は……、ペルセウス座との戦いで失明していた。

女神は財団の医療グループ総力を挙げて視力を取り戻す努力をなされたらしいが、紫龍は自分が護るべき女神が城戸沙織であることが気に入らなかったのか、治療途中で断り、五老峰に帰る選択をしたらしい。

女神の親衛隊となるべき聖闘士が、女神のそばにお仕えしないとは、実に残念なことじゃ……。弟子の教育に失敗してしまったのかのう……。どうしたものか……。

「紫龍、どうじゃ、日本から戻ってきてはや数週…。土いじりは楽しいか」

「はい、老師。私は今、生まれて初めて生きる喜びを味わっています。もはや二度と龍座の聖衣を纏うことはないでしょう」

「愚かな…聖闘士は女神を守り、正義のために戦うものと教えたはず…その正義のための力を敢えて錆びつかせるとは……。あの沙織お嬢様の日ごとに成長してゆく小宇宙に…、気付かんとは子供よの、紫龍」

「はっ?」

紫龍は戸惑いながらも下がっていった。その紫龍を下がらせた後、背後に黄金の小宇宙を感じた。

「クッククク。老師、お久しぶりでございます」

「デスマスクか。フッ、このわしにまで刺客を差し向けるとは、教皇もよほど焦ってきたと見える」

「老師、あなたに対して拳を向けることは恐れ多いが、これも勅命…。お命頂戴する」

童虎の背後には蟹座のデスマスクが立っていた。デスマスクが童虎に拳を振り下ろさんとしたとき、紫龍が飛び込んだ。

ヒヨッコの紫龍が黄金のデスマスクに敵うはずもなく、デスマスクにそのまま滝壺へと落とされた。

紫龍は滝壺に落とされながらも、童虎とデスマスクの会話を聞いていた。

童虎の言う『正義は不変』であることを、紫龍は確信している。女神が城戸沙織かどうかなんて関係ない。聖闘士は地上の正義のために戦うものなのだ。

紫龍は滝壺の底に保管してあった龍座の聖衣を纏い、水流とともに飛び上がり、怒りのまま小宇宙を増大させてデスマスクに攻撃を仕掛けた。

紫龍の小宇宙は失明することによってより大きく成長したようだ。その攻撃にデスマスクはキレてしまい、本気になってしまった。

「むう、いかん。積尸気を使うとは……」

「待ちなさい、デスマスク。青銅相手に黄金のあなたが本気になるなど、大人げないじゃないですか」

「牡羊座のムウ、な…なぜおまえがこの五老峰に……」

「もちろん、決戦の時が来たということだ。聖域の教皇と、日本におられる女神とのな。さあ、どうするデスマスクよ。戦いの幕をおまえと私の一戦で開けるか?」

間一髪のところでムウが来た。デスマスクは黄金二人を相手にするほどバカではないといって、去って行った。

紫龍が半引退状態となって農作業に勤しんでいることを童虎が憂いていることをムウは知っていた。ムウは紫龍を聖域との戦いの場へと誘うため、老師への報告もかねて女神の覚悟のほどを伝えた。

「女神もこの十三年間で見事に成長され、教皇との戦いを決意された由。しかもたったお一人で聖域に乗り込まれるとか」

紫龍は男としてのプライドと、女神の聖闘士としての血が騒ぎ始めたことに気づく。

ムウの思惑通り、紫龍は女神と共に聖域に乗り込むことを決意したようである。紫龍は童虎に聖域に行く決意を伝え,立ち去った。童虎とムウは,そんな紫龍を見届けた。

「ムウよ、お主のおかげで紫龍が聖域に行く気になった。いつもすまぬな。礼を言うぞ」

「いえ、礼には及びません。私も、女神が聖域に到着する頃を見計らって、聖域に行くつもりです」

「そうか、いよいよお主も聖域に乗り込むか。お主が聖域に行くのはシオンが行方不明になって以来、実に13年ぶりじゃな」

「はい、これまでの紫龍達の戦いぶりを見て、私は城戸沙織が真の女神であり、女神の勝利を信じることが出来るようになりました。少しでも戦いを有利に進めるため、私は白羊宮にて、彼らの破損した聖衣を修復するつもりです。……。ですが老師、それでも尚、私は聖域との戦いに直接参加することは許されないのでしょうか」

「ならぬ!これは女神と同時に青銅達が女神の真の聖闘士であるかどうかを試す為の試練でもあり、今現在聖域に蔓延っている邪悪の正体を突き止めるための戦いじゃ。戦いは青銅たちに任せ、お主は決して手出しをしてはならん!」

「わかっております。ですが!やはり私にとっては…シオン様がどうなってしまわれたのか……、やっと…やっとその真相を明らかにする時なのです!」

ムウにしては珍しく、感情を露わにした強い語調。おそらくこれがムウの本心であり牡羊座らしい激しい本性なのであろう。

「ムウよ!シオンの身に何かがあったとしても、これは女神帰還の戦いであって、シオンの仇を取るための戦いではない!そのことは決して忘れるでない!」

「わかっております!わかっております……、ですが……。クッ」

ムウは唇を噛み締め立ち上がり、優雅ではあるが哀しみに満ちた笑みを浮かべて帰っていった。きっと目には涙を溜めていたことだろう。

(ムウにとって女神が大事であることに変わりないが、やはりそれ以上に…13年経った今でも…シオンのことが気になるか…。無理もなかろう。だがムウのこの苦しみも、この戦いでおそらく終わる……。もうしばらく……、もうしばらくじゃ)

十二宮の闘い

聖域における激しい小宇宙のぶつかり合いを感じる。青銅の小宇宙と黄金の小宇宙。時々青銅の小宇宙が一瞬とはいえ、黄金を超えるのを感じる。

ムウのことだ、手出しをしなくとも何か導きを施したのであろうな。今までこのような小宇宙を青銅から感じたことはなかった。

ムウからはテレパシーで逐一戦況が報告されてくる。一見すると無謀な戦いのようであるが、紫龍たちは苦戦しながらも十二宮を進んでいるようだ。

紫龍が旅立って以来、目の前では春麗が大滝に向かってずっと紫龍の無事を祈り続けている。飲むことも食べることもせずに,ただひたすら祈り続けている。

届かぬ祈りかもしれんが、きっと春麗の祈りの力が、紫龍への加護となっているに違いない。なんと健気なことよ。人の想いは時に奇跡を呼ぶ。それは紫龍への一助となっていることだろう。

今紫龍は巨蟹宮でデスマスクと戦っているようじゃ。春麗の祈りもそれに呼応するかのようにますます強くなっている。まるで、二人の意識がつながっているかのようだ。

春麗の祈りよ…、紫龍を守りたまえ……!

童虎は紫龍の身を案じつつも、大瀑布の轟音と水飛沫の中で祈る春麗をじっと見つめていた。

……!

「きゃあぁぁぁ!」

「ムゥゥ、いかん!!春麗!デスマスクめ、わしの目の前で遠距離攻撃的テレポーテーションなど使いおって、通用するわけがなかろうに」

動かぬ体故に若干反応は遅れたが、滝壺に落ちる直前に春麗を受け止めることができた。春麗自身は突然の出来事に気を失ってはおるが、命に別状はない。祈りの疲れもあろう。しばらくこのまま休ませておくとするかのう。

春麗が滝壺に落とされたことで紫龍の怒りが爆発し、小宇宙が大きく弾けた。

一瞬とはいえ、紫龍の小宇宙はセブンセンシズの域に達し、デスマスクの黄金の小宇宙をも凌駕し、見事デスマスクに打ち勝った。

弟子ながら天晴れじゃ。

この小宇宙、春麗の導きのお陰だと言っても過言ではなかろう。

巨蟹宮での戦い後,紫龍には春麗の無事を報告した。

天秤座聖衣

わしの天秤宮で、どうやら氷河がカミュのフィリージングコフィンで氷漬けになっておるらしい。この氷は普通には融けん。天秤座聖衣の武器でもって砕くしか方法はない。

まったく……、自分の宮ではなくわざわざ人の宮で氷の棺を作らんでも……。弟子を思うカミュの気持ちを理解できなくはないが、天秤宮に作るとは、彼らに一縷の希望を残しておいたということであろうな。

さてと、そろそろ紫龍たちが天秤宮に辿り着くころじゃ。カミュの期待に応えてやるとするか。

「来いっ!!ライブラよ!!」

天秤座の聖衣箱がどこからともなく現れた。

「ライブラよ、天秤宮に行って、紫龍たちを助けてきてほしいのじゃ、その武器でもってな。何、心配するな、その武器を使って敵に襲い掛かるわけではない。水瓶の聖闘士が作り出した氷の棺を、お主のその武器でもって壊してほしいだけじゃ」

そう言って、聖衣箱を軽くポンポンと叩き、天秤宮へと祈りを込めて聖衣箱を飛ばした。

「頼んだぞ……、我がライブラよ……」

童虎は聖衣箱が消え去っていく夜空をじっと見上げた。

昇竜

「老師!!」

「どうした?春麗よ」

「どうしても眠れないんです。紫龍が切り裂かれるいやな夢を見て……。不安で眠れないんです」

「そうか。ムウからの報告によると、紫龍は今磨羯宮でシュラと対峙しているようじゃ。わしらにできることといったら、今は祈ることしかない。紫龍と、女神の加護を信じて、紫龍の無事と勝利を祈って待つことしか……」

(紫龍よ、この先女神と共に戦うためにも、決して死んではならんぞ……)

「老師!今西の方角に流星が天に向かって真っすぐ昇っていきます!あ…あれはまさか紫龍の…、紫龍自身では!?」

春麗が泣きながら必死に訴える。

(紫龍…、抗龍覇を使ったか…。お前はこうなるとわかっていたのじゃな…。紫龍、お前は自分のためよりも義のために生きる男…。人のために命を捨てれれる男…。情のためよりも義のために生きることは素晴らしいが…、悲しいな、紫龍よ…)

童虎は春麗に何も答えられずに、そのまま押し黙り、昇竜の行き先をただ見つめていた。

再び平衡状態へ

青銅たちが教皇の間までたどり着き、教皇に成りすましていた双子座のサガはついにその正体を現した。最後は女神の盾の聖なる光によって、サガのうちに潜んでいた邪は浄化され、サガは女神の御前で自害し果てたらしい。

天秤の傾きが…、また以前のような静かな平衡状態に戻った。これで女神帰還の戦いは終わった。聖域は浄化されたのだ。

「シオンよ…、これで良かったのかのう……。おまえだったら、どう判断してたかのう……」

12人揃った黄金聖闘士の半数が失われる結果となってしまった。このたびの戦いで亡くなった連中も本当の心根は正義だったはず。戦いを避ける方法は本当になかったのか、

本当にこれで良かったのか。童虎は亡き友を思いながら、いつまでも夜空を見上げていた。

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