कर्मन्(カルマ)

エピソード・ゼロが発表される前にPixivにあげたものを少し加筆修正したものです。そのうちエピソード・ゼロに合わせて多少お話を変えることがあるかもしれません。

黄金視点,原作準拠で矛盾の無いように物語の裏舞台と黄金の友情をいろいろ妄想して描けたら良いなと思っています。(でも原作には突っ込みどころが満載なので、どうしてもおかしな部分が出てしまうかとは思います。そこは敢えて無視の方向で… ^-^;)

サガの乱を乙女視点で書いてみました。

原作より

  • シャカとムウはお互い終始タメ口(勝手に脳内親友設定)
  • 一輝との戦いで迷いが生じた
  • 私がみた教皇は正義

等々

を反映させたつもりです。なんか、えらい哲学的になってもうた。恐るべし仏教哲学。しかもムウとの会話が主体。

目次

本編

シャカは、一輝と共に時空の彼方まで飛んで行く過程で様々なことを考えていた。

女神を名乗る城戸沙織という小娘のこと、小娘と共に聖域に乗り込んできた青銅聖闘士たちのこと、その青銅たちの聖衣を修復したムウのこと、たとえ自らが死してもなおも勝利を掴もうとする一輝のこと、自分が仕えている教皇のこと……。

(これを、『迷い』というのだろうか……)

『迷い』の中で

真の女神の聖闘士というものは、たとえ自分の身がどうなろうと、女神のため、地上の平和のために、どんな強敵にも立ち向かって行くものだ。その精神と女神の加護が相乗効果をもたらし、神話の時代より我が女神軍は勝利をものにしてきたのだ。

あの日本から来た城戸沙織という小娘が本物の女神であるならば、天と地ほどに実力差があるにも関わらず、青銅どもが命を懸けて黄金に立ち向かい、勝利しているのも頷ける。

しかしなぜ女神が遥か極東の日本にいたのだ?女神神殿にいるはずではなかったのか?

そもそも志を同じくするはずの聖闘士同士が戦うなど、この戦いの意味は何なのだ

シャカとて教皇の黒い噂を耳にしたことがないわけではなかった。

罪も無い人々を1000人殺す悪人を倒すことは時に必要悪であり、善である。それが聖闘士というものだ。今迄の教皇の噂はその為の殺人であり、正義と考えている。

……違うのか?

そもそも完全なる正義などというものは存在しないのだ。

それに、私がみた教皇は聖域周囲の村人たちから慕われ、非常に慈悲深く、神の化身と称されるのに相応しい教皇だが……。

どういうことなのだ?

これまでの教皇の行いは地上の平和を守る為のものだったはず。普段目を閉じているから分かることだが、教皇の本体は紛れもなく正義なのだ。

思い起こせば、ムウは最初から聖域からの招集に応じなかった訳ではない。ある時からプツリと来なくなっただけだ。アイオロスの事件と関係があるとは思っているが…、否、ムウは教皇の何かを知っているのだ。

ムウは何を知っているのだ?

今までずっと封印してきて聞けなかったこと……、今が聞く時なのかもしれない。その根本原因となったもの……、その鍵を握るもの……、それは……きっと……『教皇』……。

教皇とは一体何者なのだ?

私が最後に教皇に謁見したのは、勅命の報告に伺った時だったな。途中でアイオリアが暴れていると言う話を雑兵たちから聞き、必死にアイオリアを止めようと入ったときだ。あの時は結局、アイオリアは教皇の幻朧魔皇拳を受け、おとなしくなったのだが……。

いくら逆賊の弟とはいえ教皇に刃向うなど……、逆賊の弟であるがゆえに聖域に過剰なまでに忠誠を誓っている普段のアイオリアからは考えにくい。

どうしてそうなったのか、魔皇拳を喰らった本人から直接聞くことは出来なかった。アイオリアに気を取られていたので、何が起こったのか詳細まで分からない。

側近の者たちに聞いても答えは何も出なかった。
教皇の行いは地上を護る正義の為であり、それは今も昔も変わりはないはずだ。

それにも関わらず、ムウが教皇の命令に従わないのは……。ムウも現教皇が正義だということは分かっているのだ。ムウとの長い付き合いでそれは確信している。だが、きっと何らかの理由で従えないのだ。

ムウは教皇の何かを知っていて、アイオリアは最近になってその教皇の何かを知ってしまったのだ。

ムウほどの男が、あいつら青銅どもの聖衣をそうやすやすと修復するはずもない。

始めは中立的な立場から、ムウがその志を認めた者だけの聖衣を修復していたのだと思っていたが、どうやら違うようだ。

ムウはこの戦いの意味をおそらく知っているのだ。教皇と対峙する意味を。

そうでなければ、ムウが13年ぶりに聖域に来る理由などないのだ。

(聞かねばなるまい……)

気を失ったまま私を羽交い締めにして時空の彼方へ飛ぼうとしているこの男は、決して悪などではない。初めて見た時も今も、澄んだ目をしている。初めて会った時は私の力に畏怖していたが、今は己の信念に基づいて、自分の命など顧みずにこの私に立ち向かって来ている。

何故なのだ?やはりあの小娘のためなのか?やはりあの小娘は女神なのか?

女神を信じ、勝利を信じ、天と地ほどの実力差があるのを承知の上で、この男は私に立ち向かって来ているのだ。そこまでして、私からもぎ取る勝利の意味とは?

この戦いの意味を見いだすためにも、こいつら青銅どもの戦いの行く末を見届けねばなるまい。もしあの小娘が本物の女神であるならば、青銅が勝利するはず。

ならば、女神の聖闘士であるはずの私たちは一体何の為にこのような戦いをしているのか、その答えを見出すために……。

シャカなりに一つの結論に至ったところで、意識を聖域に向けると、星矢が教皇の間にたどり着き、戦っていた。普通に考えれば、青銅が教皇の間へ辿り着くことなど不可能に近いこと。

(青銅ごときが教皇の間まで辿り着くとは……。早く戻ろう、聖域へ。火時計の灯もあと僅かだ。一刻の猶予もならん。私一人なら自力で戻れるが、できれば純粋な女神の聖闘士と思しきこの男も連れて帰りたい。さて、どうしたら良いものか……。そうだ、ムウの念動力に頼ろう。彼なら分かってくれるはずだ。急ごう)

教皇の真実

「ムウ、牡羊座のムウよ」

「私の小宇宙に直接話しかけるその声は……、乙女座のシャカか……?」

「そうだムウよ。君にちょっと助けてもらいたいのだ。実は時空の間のねじまがった面倒な所へ落ちてしまってね。私一人なら良いが、もう一人助けたい男がいるのだ。頼む、話は後でする」

「分かった。処女宮へ戻せばよいのだな」

ムウの助けを借り、シャカは一輝と共に処女宮に戻り、喝を入れて一輝の意識を取り戻させた。

「今は事情を説明している暇はない。教皇の間へ急ぎたまえ。今ペガサスが苦戦中のはず。時間もあと僅かしかない。一握りの灰さえあれば、フェニックスはまた羽ばたくのだ」

シャカは鳳凰座の聖衣の灰に自らの小宇宙を与えて蘇らせ、蘇った鳳凰座の聖衣は再び所有者である一輝の身体を覆った。

「フェニックスの聖衣が再び俺の体に蘇った!!しかも以前にも増したこの輝きと美しさはどうだ!!」

シャカの黄金の小宇宙を受けて、鳳凰座の聖衣はその輝きも強度も増して、蘇った。

「このシャカ、一つだけ君に頼みがある。もし教皇を追い詰めることが出来たとしても、命だけは助けてやってはくれないか。君との戦いのさなかにも言ったように、教皇は決して悪などではない。彼の本体は紛れもない正義なのだ……、しかし……。い……いや……今はすべてを語っている暇はない。さあ、早く行きたまえ」

シャカは一輝にそう言い、一輝を送り出した。教皇は正義なのだ。本質が正義である者の命を奪う必要などない。事の真相を突き止めるためにも、無益な殺生をする必要など全くないのだ。

シャカは一輝が教皇の間にたどり着き、戦い始めた頃を見計らって、今までの疑問をムウにぶつけた。それも、聖域いる者全員に届くようなテレパシーを使って……。

今回のこの事件の謎は聖域にいる者全員が知る必要があるからだ。

「ムウ、君は知っているのか?もちろん、星矢たちが必死に戦っている教皇の正体だ。あの沙織という小娘のためにここまで戦い抜いた青銅聖闘士たちを、君や老師は陰ながら援助してきた。それは教皇の正体を見抜いていたからではないのか……、どうなのだ、ムウよ」

「ならばシャカよ、今こそ言おう……、教皇の正体を……!!今の教皇は真の教皇ではない。いつの間にか別の人間が入れ代わってしまっているのだ」

衝撃の事実がムウの口から語られ始めた。ムウもシャカの問いに合わせて聖域全体に伝わるテレパシーで以て応答してきた。生き残った他の黄金の仲間たちも同様にテレパシーを使用して会話に参加する。

「で…では、真の教皇はいったいどうしたのだ⁈」

というミロの問いに反応し、

「殺したのだよ、このサガが!!」

一連のテレパシー会話を同様に聞いていた偽教皇の意思が聖域中に響き渡った。同時に、教皇に成りすましていた双子座のサガがその正体を満天下に曝け出した。今度はサガ自ら、十三年前の事件の真相を語り始めたのだ。

「し…しかしサガの声にしてはまるで別人のような…。この十三年間サガが正体の教皇からは私が見た限り一片の邪悪も感じられなかったのに。な…なぜ…」

誰もが動揺するもの無理はない。普段は神の化身と称えられていた教皇であったはずなのに、今そこに在るのは邪悪の化身ともいえるべき存在であり、今度は逆に正義の心が見えなくなってしまっているのだ。

一体サガの身に何が起こっているのだ?

普段は善の顔が表に出て悪の顔は鳴りを潜めているが、何かの拍子にそれが逆転してしまう。その振れ幅が常人では考えられないほどに大きく、全く別の人格として顔を出すのだ。普段シャカが観ていたサガは善人格のサガであり、悪人格は欠片も表に出なかったのだ。

(いや、ちょっと待てよ?この感じは……、アイオリアと対峙した時に、感じたことがあったかもしれない。その時はアイオリアを制止することに集中していたために、おそらく事の重要性に気付いていなかったのだ!私としたことが……!)

「おのれサガ!全てがはっきりした以上、もはやここで留まってはおれぬ!このアイオリアが容赦はせぬぞ!!」

「待ちなさい、アイオリア!!」

アイオリアがサガと一戦交えようと獅子宮を離れようとする動きを、ムウが引き留めた。そして、教皇が偽物であるということを知っていながら、女神が日本にいることを知っていながら、傍観者にならざるを得なかった理由をムウが語り始めた。

(だが、本当にそれで良かったのか、ムウよ。もっと、犠牲者を少なくする方法はなかったのか?白銀をはじめ、この戦いで命を落とした者たちの多くは騙されていただけで、皆、本質的には正義だ)

火時計の火が消える瞬間、星矢が女神の盾をかざした。女神の盾から放たれた光はサガを貫通し、女神の胸に刺さっていた矢を消した。

女神は復活したのだ。

放たれた光がサガを貫通すると同時に、サガの身体から邪悪な心が離れて消滅し、本来の綺麗な心のサガに戻っているのを感じた。あれは一体何だったのか。神が女神に与えた試練と言うならば、あれはその為に大神がサガに仕組んだ邪悪なのか。そして我々は、それに13年間翻弄され続けていたことになるのか。

結果としては、我が女神は天が与えた試練に打ち勝つことができた。戦神として覚醒された女神はこの聖域にあり、これから地上の愛と平和の為に戦い続けるだろう。同時に我々聖闘士も今聖域にあり、聖闘士の本当の使命を果たす時が来たことを示唆している。

「女神が13年ぶりに聖域に帰還された。そして……、君も……」

「シャカ、すまぬな。ずっと……、理由を言えなくて。君にすら…、黙っていることしか出来なくて……」

誰もが心中複雑な想いを抱えながらも、今この瞬間だけは皆心から微笑んでいる。

サガはこの時点ではまだ生きてた。しかし、善人に戻ったサガは己の犯した罪に重さに耐え切れなくなり、女神とムウの前で自害したそうだ。

戦いが終わった時点では望み通り命だけは救われていたのだが……。自害されてしまっては元も子もない。だがこれは、彼の本質が善であったことの証明でもある。

本来善人であるサガに巣食っていた邪悪は何だったのか、その謎が残されたまま。

サガの乱後のお食事会翌日の教皇宮の宿直室で、ムウは痛む頭を抱えながら随分と日が高くなってから目を覚ました。他の者はもうとっくに目を覚まして、自宮の宿舎まで帰っている。

今だからこそ,本心からの会話を

「昨日は君らしくもなく随分と飲んでいたからな。二日酔いだろう。水だ。飲みたまえ」

ムウが声のする方を振り向くと、シャカが水の入ったコップを持って待っていた。ムウと話したいことがあって、ムウが目を覚ますのを、シャカはずっとベッド横で待っていたのだ。

「ありがとう、シャカ」

ムウはシャカからコップを受け取るなり、グイと一気に飲みほした。

「ふぅ…。昨日は飲み過ぎたな。水がとても美味しく感じる。ところでシャカよ…今だからこそ聞くが…、君はずっと……、ジャミールに籠る私を見張っていたのだろ?」

「ムウ…、気付いていたのか?」

シャカは驚いて思わず目を見開いた。

「やはりそうか。何となく……、そんな気がしてた。聖衣の修復の用があるわけでもないのに、わざわざあんな辺鄙な所へ頻繁にやって来るなど、いくらお互いの居住地が近いとはいえ不自然だ。聖域の招集に応じない私に対する刺客か監視者であるとしか考えられないだろう」

「その通りだ。君の推理は正しい。さすがはムウだな」

「黄金に対しては黄金の刺客。それも同い年の方が気が緩むだろうと。その刺客がシャカ、君だった」

シャカはベッド横のサイドテーブルに自分の分のコップも用意して水を入れ、一口飲んで気分を落ち着けた。全ての真実が明らかになった以上、お互い、もう何も遠慮することはない。気持ちを整理するためにも、今回シャカは腹を割って全てのことを洗いざらい話すことを決意をしていた。

だからこそ、ムウが起きるまでここで待っていたのだ。

ムウはベッドから足を降ろし、ベッドに座ったままサイドテーブルを挟んでシャカと向かい合う形になった。

シャカは一呼吸おいて、ゆっくりと話を始めた。

「君の推測通り、私は偽教皇から君を監視する勅命を受けていた。聖域からの招集に応じないとは反逆の意志があるのかもしれぬということでな。だが君は世界でただ一人の聖衣修復者。例え反逆者だとしても聖域としてはそう簡単に討つことはできまい。だから……、勅命としては基本的に不審な動きをせぬようにただ見張っておれという内容だった。私は…、聖域に来なくなった君のことが気になって仕方なかったから、自らこの勅命に志願したのだ。勅命に従って君を監視していたことは、半分事実だ」

「半分?」

「ああ、半分だ。半分は勅命で、だがもう半分はまた違う理由だ」

シャカがジャミールを訪れた時のことを二人は思い出していた。

もともとシャカとムウは居住地が近いこともあって、お互いに多少の行き来はあった。だがアイオロスの事件がしばらく経った頃、急激にその頻度が不自然なほどに増していたのだ。

シャカは勅命に従って、不安を抱えながらジャミールのムウの下へ向かっていた。何もせずにその動向を見張っておれということだったが、場合によってはムウと闘わければならないかもしれない。だがそれは何としても避けなければならない。聖闘士同士が殺し合い、それも黄金同士などということは絶対にあってはならない。

そして何よりも,ムウは大事な友である。

自ら志願したものの、様々な状況を想定しつつ、友なればこそ、覚悟を決めて向かっていた。そのテレポートの途中、老師に呼び止められた。

(ジャミールに向かうその小宇宙は、乙女座のシャカか?わしは天秤座の童虎じゃ。して、何用でジャミールに向かうのじゃ?)

今まで老師からそのように声をかけられることのなかったシャカは驚いて、思わず立ち止まった。

(老師!?!私はムウを見張れという勅命を受けてジャミールに向かっております。ムウが聖域からの招集に従わなくなったと聞いて、ムウのことが心配になり、自らこの勅命を受けました。ムウに何かあったのではなかろうかと)

(そうか、討伐ではないのじゃな。ただの監視ならば安心した。実はな、ムウは今、慕っていた大切な人物が行方知れずになって大層落ち込んでおる。気丈に振る舞っているとは思うが、あやつの心はいつも泣いておる)

(大切な人?)

(今は誰とは言えぬ。今はそのことに決して触れてはならぬ。誰にも言ってはならぬ。時を待ってやってはくれないか。いつかきっと…語れる時がくるかもしれんからのう)

(いつか時が来るまで……。はい…、分かりました)

 シャカはムウの身に起こったことに驚きを隠せず、か細い声で答えた。

(それで、わしの方からお主に頼みがある。そんな訳だから、お主にはムウに寄り添って欲しいのじゃ。わしの問い掛けにはそれなりに応えてくれるが、心は固く閉ざされたままじゃ。ここを離れることを許されぬわしでは限界じゃ。時間は掛かるかもしれんが、シャカよ、ムウを頼んだぞ。ムウの心をほぐしてやってくれんかのう)

(はい……)

ムウを心配するあまり激しくなる鼓動を抑え、シャカはムウのいるジャミールへ再び向かった。一刻も早く、ムウに会いたかった。

「老師がそんなことを……?」

「そうだ。もう一つの理由は、老師からの頼みだった。君に会い、老師の言葉が本当だとすぐに分かった。君は……、凄まじく私を警戒しながら、表面上は普段と変わりなく振舞っているようではあったが、心は深く沈んでいた。君の大切な人とは、時期的にアイオロスの事件と何らかの関わりがあるかもしれないとは思ったが、触れることは許されず封印した。老師からの忠告がなければ、恐らくそのような対処はできなかっただろう」

「そうだったのか。ならば老師と君に礼を言わなければ。師がいなくなったばかりのあの頃は、何か行動を起こしている時は感情を封印出来たが、何もしていない時は寂しさやら憎しみやらが込み上げてきて……、今にも……、壊れそうだった。君の言動によっては、封印しきれずに爆発していたかもしれない。そんなこととはつゆ知らず、君にも随分と心配をかけたようだ。最初の頃は拒絶したりして、すまなかった。君がいてくれたお陰で、この13年という月日を耐えられたと言っても過言ではない」

「礼にはおよばん。今となっては分かるが、あの状況ではやむを得まい。私は早く負の感情を乗り越えていつものムウに戻って欲しかったし、またいつものように一緒に遊びたかっただけだ。その為に友として自分にできる事をしたまでよ。聖域では君のことがいろいろと噂されるようになったようだが、そんな君に正々堂々と会いに来るためにも勅命が役に立った。君がよほど正義に反するような動きでも見せない限り、私の教皇への報告など、どうにでもなる」

そう言って、シャカは軽く微笑んだ。

アイオロスの事件後、ムウの顔から微笑みが消えていたことにシャカは心を痛めていた。

シャカは聖域のことはできる限り触れず、事件のことにも触れず、ムウをチベットの野山に連れ出しては一緒に走りまわったり、他愛のないおしゃべりをしたりして、少しずつムウの心を癒やしていった。やがて、ムウはまた以前のように笑うようにはなったが、それでもまだ心から笑うには至らなかった。

ムウは聖域からの招集に応じないとはいえ、女神の聖闘士であるということは忘れていないようだった。直接聖域からの勅命を受けなくとも、ムウ自らの判断で仲間をサポートしたり、戦っていたりしていた。シャカにはそんなムウの行動が、当時は理解し難かった。

「だが、君も教皇も正義であるはずなのに、なぜ君が聖域からの招集に応じないのか、いつもそれだけが気になった。君は決して話そうとはしなかったし、心を読もうと思ったこともあったが、君はそれを望んでいなかった。無理強いするつもりもなかった。そこだけが…陰となっていつも君を覆っていた」

しばらく間を置いて、静かにムウは答えた。

「理由は……、今となってはもう分かっているだろう。サガに殺された真の教皇が私の師である以上、私は聖域に近づくことは出来なかった。たとえ教皇が正義だとしても、いつの間にか入れ替わった偽教皇に会うことなど、私には無理だ。話せなかった理由も、これまでに話した通りだ」

「人に言えない深い理由があることは感じていた。聞きたかったが、どうしても聞くことが出来なかった。老師に言われたとはいえな。何故だか分からないが、聞いてしまったら、君と戦うことになるか、二度と会えなくなってしまう気がして…怖かったのだ」

シャカはいつになく寂しそうな表情でムウを見つめていた。友であるがゆえに本当はもっとムウと悩みを共有したかったのかもしれない。だがそれは、真相が明るみになった今だからこそ、そう思うのかもしれない。

「君にも怖いという感情があるのか。私とて、君に打ち明けることが出来たのなら、どんなに気が楽になるかもしれないと……、何度思ったことか……。友である君を騙し続けている気がずっとしていて……、至極辛かった。秘密を抱えて唯一人策を練り、悩み続ける必要など……、ないだろうにと……、すまなかった」

ムウの目から涙が溢れ、その言葉に嘘偽りはなく、ムウはシャカの想像以上の葛藤をしていた事が分かった。シャカの努力の甲斐あって、殆ど気の置けない間柄になっていたとはいえ、この一点だけがどうしても引っかかり、ずっと二人の間に高い壁となってそびえ立っていたのだ。

「ムウ……、謝る必要などない。犠牲も多かったが、君のお陰で女神は覚醒されるまで護られたのだ。秘密を知る者は少ない方が良い。敵を欺くにはまず味方からというではないか」

「シャカ……」

ムウは少し、心が軽くなった気がした。

「ムウ…、辛かった時のことを思い出させてしまったようだな。今更どうこう言っても、仕方がない。もう済んでしまったことだ」

ムウの気分が落ち着いてきたところで、再びシャカが話を切り出した。

「話しは変わるが、君は気付いたかね?女神の盾から放たれた光がサガを貫いた瞬間、サガの身体から邪が抜けていくのを」

「ああ、あれか。私も気がついた。サガの身体から邪が抜けて消えていくのを。女神と共に見た邪が抜けた後のサガは、本当に清らかな男だった。あまりの清らかさに、この男に師を殺されたのかという事実を忘れるほどにな。サガは13年間苦しめられてきた己の邪から解放された安堵感に包まれる一方で、13年間にしでかした己の悪事からくる罪悪感に苛まれ、悔やんでいた。自害し、女神に許されることでやっと罪悪感からも解放され、清らかな死に顔となっていたな」

「そうか。ムウはあの邪の正体を何と考える?」

「さあな。サガの乱が女神への試練というならば、そんなことをするのは女神の父神以外いまい。もともと解離性同一性障害の気質があり、悪意の種があるところに、それを助長させるべく邪を送り込まれてしまったのではないか。ただの推測に過ぎないが……」

「私が見たサガは紛れもなく正義だった。サガは苦しみながらも、女神の聖闘士としてなんとか邪を制御し、普段表には出ないようにしていたのだろうか……。それをどうして私は見抜けなかったのか……」

シャカはずっとサガが正体の偽教皇を正義と信じて疑わなかった。多少の悪意を感じたことがあったとしても、それは人としてあるべき許容範囲でしかなかった。邪悪の化身ともいえるべき悪サガをみるまでは。サガを苦しめた悪を見抜けなかった悔しさが、シャカの顔には滲み出ていた。

「見抜けなかったのは、神が仕組んだ邪だからではないのか?」

「神が仕組んだ?人は…、神の仕組んだものには気付かんということか?」

「神が仕組んだからこそ、13年間バレずに教皇に成りすますことが出来た。傍に仕える側近ですら気づいていないのだ。女神が覚醒し、聖戦の切り札となる星矢たち青銅聖闘士が育つまで、神の力で以って隠し通した。そして時が来て、隠すことをやめ、女神を試した。シャカ、君のみたサガの本質は間違ってはない。サガの本質は確かに正義だ。だからこそ、最後は自分の犯した罪の重さに耐えきれずに自害したのだ。君はただ…、本質が見え過ぎてしまったからではないのか?」

「本質か……。確かに本質だけを見て、周りを覆っていたものが見ていなかったのかもしれんな」

シャカは上を向いて、ため息混じりにそう呟いた。

「サガがやろうとしていたことは、確かに神から見れば悪だったかもしれない。だがやっていたことの本質は地上の平和を守ることに変わりなかった。神に代わり、人である自分が地上を治めようとしていたに過ぎない。ただの驕りかもしれないが、神に頼らず自分の力で地上の平和を守ろうとしていたのではなかったか」

実際、サガの正体を見てしまった側近が殺害されるくらいで、比較的平和な治世が続いていた。立場が変われば正義は悪になり、悪もまた正義となる。絶対正義というものはなく、絶対悪というものも存在しない。

全ての疑問が解決したわけではないが、シャカはこうしてムウとゆっくり話ができたことに満足していた。ムウがサガの正義を認める一方で、サガに対する怒りと憎しみが完全に消えたわけではないことも言葉の端々から分かった。

13年もの間ずっと苦しめられて来たのだ。無理もなかろう。簡単に憎悪は消えるものではない。

サガの乱による女神軍の戦力ダウンも天による試練なのだろうか。

過去の聖戦でも、このようなことはあったのだろうか。いつもではないが、時々あったことが、聖域の記録には残っている。試練が与えられた時、それは何かが大きく変わるチャンスである可能性があることも、最近の聖戦の歴史研究で分かってきた。

聖戦が始まれば、聖闘士の多くは戦いの中で命を散らし、その短い一生を終える。我らとて例外ではない。長い宇宙の歴史を考えれば、誤差にすらならない短い人の歴史。短いがゆえに必死に生き、光り輝く。生が始まりというわけではなく、死が終わりというわけではない。この世は常に移り変わりながら、次に繋がってゆく。我らは時に転生し、業に従って生きる。

神話の時代から繰り返される聖戦の輪を…、我らの時代で断ち切ることができたならば、その時こそ、戦い続ける宿命を負った転生の輪から解放される時なのかもしれない。神も……、人も……。いつかはこの輪も終わる。

聖戦への誓いを…ここに……。

もしそうなのであれば、試練を与えられしこの時代は聖戦の輪を断ち切るチャンスなのかもしれないのだから。

「出来ることなら、繰り返される凄惨な聖戦と宿命を…我らの時代で終わらせられたなら……」

「地上の平和を乱す全てをこの珠数に封じ、その先の未来へ………。死ぬのはそれからだ」

優雅に心からほほ笑む黄金の羊を、13年ぶりに見た気がした。

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